民主対専制３４〜政治の理想

●政治の理想

　政治の理想は、過去の歴史において、どのようなものだったか。
　まず人類史上初めて民主主義が出現した古代ギリシャ文明においては、どうだったか。アテネで民主主義が行われていた時代に、哲学者プラトンは、政治の理想は哲人による政治だと説いた。
　彼の哲学の中心にあるのは、イデア論である。プラトンは、生成変化する現象界の原因として、現象界とは別の世界に、現象界の事物の原型・模範となっているイデア（形相）が存在すると説いた。イデアは、超感覚的で永遠不変の真実在であり、道徳・自然等のすべてに一貫する超越的な原理とされた。そして、プラトンは、万物は最高のイデアである「善のイデア」を目的として秩序づけられているという世界観を提示した。また、その世界観のもとに、政治と道徳について述べ、国家や魂における調和として正義を説いた。
　プラトンは、政治とは正義を実現することであり、善のイデアによって国民を導くことであると教えた。それをなすことができるのは、見識が高く道理に通じた哲人のみである。プラトンは民主政治は愚民政治に陥るとし、政治は哲人が王となるか、あるいは王が哲人とならなければ、理想的な政治は実現されないと説いた。だが、その理想は、彼の手によっては実現しなかった。
　プラトンの弟子アリストテレスは、プラトン主催の学園アカデメイアを去った後、故郷マケドニアの王フィリッポス２世の招聘により、王子アレクサンドロス３世の教師となった。アリストテレスは王子に哲学・弁論術・文学・科学・医学等を教えた。それを通じて、王のあり方を教えたことだろう。
　だが、アレクサンドロス３世は、プラトンが説いたような哲人とはならなかった。王位に就いたアレクサンドロスは、アテネを含むギリシャの都市国家を滅ぼし、帝国の統治下に置いた。また武力を振るって東方への遠征を繰り返して覇権を拡大し、広大な地域を征服・支配するアレクサンドロス大王となった。
　古代ギリシャ文明における以上に、政治と道徳に関する思想が社会的に発達したのが、シナ文明だった。
　古代シナでは、徳によって統治する王道政治と、力によって支配する覇道政治が区別された。天は人間社会を統治するために、多数の民衆の中から傑出した人物を選び出す。そして、その人物に「人民を治めよ」という命令、すなわち天命を与える。天命を受けた人物は、天の子すなわち天子と呼ばれる。ここで天が傑出した人を選ぶ条件が、徳である。徳とは、天の道つまり天の意思であり天の法則であるところの道を踏み行うことによって、身に着けたものである。ここにおける道は、プラトンの哲学における善のイデアに相当する。
　孔子は、プラトンより１世紀半ほど前の時代を生きた。前５５１年生で前４７９年没とされる。彼が創始した儒教では、国家・社会の統治は、天の命令を受けた有徳の天子によって行われるべきと説く。また、統治者は、徳によって天命を受けた者として、統治の正統性を持つとされる。この思想を天命思想という。有徳者王の思想とも呼ばれる。それが、儒教の根本にある思想であり、また儒教が完成させた正統性の理論である。
　儒教では、シナの神話・伝説における理想的な帝王である「先王」が行ったことが「先王の道」とされ、その復活が目標とされた。「先王の道」は、天命を受け、天の道に従った為政者のあり方である。「先王の道」の復活を目指すことは、一方で有徳者が王者になるべきだということを意味するとともに、他方で王者は有徳であるべきだということを要求する。孔子は「政を為すに徳を以ってす」と説き、その最大の後継者・孟子は「徳を以って仁を行う者は王たり」と説いた。ここにおける有徳者は、プラトンの哲人に相当する。
　儒教において、政治と道徳は一致すべきものと説かれた。だが、シナ文明ではその一致はなされなかった。シナ大陸では、古代から漢民族と非漢民族の間で王朝が幾度も交替した。隋・唐は鮮卑系、金はツングース系、元はモンゴル族、清は満州族が漢民族を支配した王朝である。またシナの皇帝は、土地や人民を私物化し、道具として利用した。こうした文明では、政治の理想は実現し得ない。
　シナ文明の政治の理想が実現したのは、どこか。それは日本文明においてだった。

　次回に続く。

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