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2022年02月13日09:24

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日本の心66~対話による改革:恩田杢と『日暮硯』

 17世紀後半、わが国は元禄文化の繁栄を迎え、武家社会にも華美享楽の風潮が広がりました。ところが、18世紀に入ると、元禄の栄華はバブルのようにはじけ、どこの藩も財政の窮乏に直面しました。信州松代藩の真田家10万石もまた、例外ではありませんでした。
 そのうえ、松代藩では、千曲川と犀川(さいがわ)のたび重なる氾濫に苦しめられていました。耕地の3分の1ほどが荒廃して、年貢収入は大幅に落ち込み、藩財政は破綻寸前でした。足軽の出勤拒否や大規模な百姓一揆が発生するに至っていました。そのようなとき、藩の財政再建を命じられたのが、恩田杢(おんだ・もく)です。
 恩田杢はまだ41歳であり、家老とはいえ末席でした。そんな自分に藩の財政再建を命じられた杢は、誓言を立てました。飯と汁よりほかは口にせぬこと。決して嘘を言わず、一度取り決めたことは必ず実行すること。杢は、この二つを、改革に専心する覚悟の証として宣言しました。
 藩財政を立て直すためには、税収の回復と、負債の整理が不可欠です。この課題に取り組むため、杢が行ったことは、全村から領民の代表を松代に集め、対話集会を催すことでした。そして話し合いを尽くして領民の信頼と支持を得て、立て直しを成し遂げました。
 この恩田杢の改革を伝えるのが、作者不詳の書、『日暮硯(ひぐらしすずり)」です。本書は改革のあり方の理想を記すものとして、江戸時代以来、今日まで読みつがれています。 
 恩田杢が生きたのは、士農工商の身分制社会でした。そうした社会において、武士と領民代表が集会を行い、話し合いを通じて問題を解決するという方法は、前代未聞のことです。
 『日暮硯』によると、宝暦8年(1758)2月27日の集会において、杢は、今後の政治において、決して嘘を言わないことを宣言します。そして、杢は領民代表たちに次のような提案をします。第一に、役人に対する贈答の類を一切なくし役人にも賄賂をとらせないようにすること、第二に年貢催促のために村々に足軽を派遣することをやめること、そして第三には雑税を整理・廃棄することなどです。
 「さて、次の段がよくよく相談せねば相成らざる事なり。皆よく聞いてくれよ」――杢は財政再建の核心となる租税問題に言及します。杢はここで次のような要請をします。それまでの乱脈な租税徴収をいったん御破算とし、未納分も先納分も全部帳消しとしたうえで、税制の出直しをしたい。そのためには年貢を先納した領民にも、もう一度、本年度の年貢を納入してもらわなければならない、と。これが財政の再建が成るか否かの核心であると、杢は領民に頼み入れました。
 この杢の頼みに対して、領民代表たちの反応は次のようなものでした。「あの足軽共の在方(ざいかた)へ出で荒びるには困り果てたるに、向後(きょうご)一人も出すまじくとの仰せなれば、こればかりにても有難きなるに、以後諸役までも御免との事なれば、向後倍金、二年分ずつ御年貢差し上げ候ても苦しからず候」。足軽が来て粗暴な振る舞いをするので困り果てていましたが、今後は一人も派遣しないというお話ですから、これだけでも有り難いのに、そのうえいろいろな役務もなくしていただけるというのであれば、これからは倍の年貢を納めても苦しくありません、と言うのです。
 杢は、領民の実情をよく把握し、その心に響く改革案を提案したのでした。それゆえ領民代表たちは一同に喜んで、杢の提案を全面的に受け入れたわけです。こうして松代藩の財政問題は解決を見ることができたと、『日暮硯』は伝えています。
 『日暮硯』の内容は事実だったのでしょうか。武士道の研究家である笠谷和比古氏は、本書の記述と、実際の恩田杢による改革の経緯とを、松代藩の藩政文書に照らして比較検討しました。その結果、『日暮硯』は大局において改革の実態をよく描いていることが確認されました。対話集会、交換条件つきの新制度の提案、時限措置と話し合いによる更新、見直しと異議申し立ての機会等は、史実であることが明らかにされました。
 フランス革命やアメリカ独立革命より前、18世紀半ばの日本で、このようにデモクラティックな民衆参加の政治が実現されていたことは、驚くべきことです。恩田杢に10年ほど遅れて米沢の改革を手がけた上杉鷹山にも、同様の政治が見られます。これらは、わが国には日本的デモクラシーとでもいうべき伝統があることを示しており、日本人が誇りにすべきことです。

参考資料
・笠谷和比古校註『新訂 日暮硯』(岩波文庫)
・笠谷和比古著『「日暮硯」と改革の時代』(PHP新書)

 次回に続く。

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