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2022年02月11日08:50

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日本の心65〜庶民の中の日本精神:石田梅岩

 台湾には今も「日本精神」という言葉が残っています。台湾の言葉で「リップンチェンシン」といいます。台湾では「日本精神」は、正直、勤勉、滅私奉公、向学心、礼儀正しい、約束事を守るなどを意味するそうです。
 「日本精神」は、わが国の国の初めから、長い歴史の中で成長してきた心です。中でも武士道は、日本精神の精華ともいわれ、よくその特徴を表しています。しかし、日本精神とは、武士道に表れた心ばかりではありません。日本精神は、庶民の中でも豊かに成長してきました。たとえば、江戸時代の石田梅岩とその弟子たちは、商人の立場から心学を説いて、庶民の心を育み、大きな影響を与えてきました。
 今日の日本人は、自分ではそれと意識していなくとも、どこかで神道・儒教・仏教の考え方や慣習を身に付けています。これは江戸時代に熟成したもので、徳川260年のうちに、神道・儒教・仏教が融合し、特定の宗教を超えた心の文化が生み出されたのです。また、日本人は基本的に、正直・勤勉・奉仕をよいことと考えています。これは、日本人の常識ともいえます。また、日本精神の特徴ともなっています。
 こうしたわが国の精神文化の来歴を探ると、ルーツの一つとして浮かび上がってくるのが、梅岩らの心学なのです。
 心学の始祖・石田梅岩は、貞享(じょうきょう)2年(1685)に丹波国桑田郡東懸村、現在の京都府亀岡市の農家に生まれました。11歳の時、京都に出て商家に住み込み、丁稚(でっち)として奉公するようになりました。22歳からは、黒柳という呉服商に勤めました。厳しい仕事の毎日でしたが、梅岩は暇があると書物を読んで勉強しました。神道、儒教、仏教などに関する本でした。また、儒者の話を熱心に聞いて歩きました。そして、45歳の時、黒柳家の番頭をやめて、自分の家で講釈をするようになりました。
 「聴講無料、紹介がなくても結構、興味のある方は遠慮なくお入り下さい」。梅岩は家の前に、こんな張り紙を出しました。講釈を始めた頃は、出席者はたった一人という状態でした。当時の人々には、商家の番頭がある日突然、人に向かって道を説くとは、思いもつかないことでした。しかし梅岩は、難しい話をするのではありません。庶民の言葉で、生活に根ざした思想や道徳を説くのです。そして聴講者と問答をしながら講釈を進めていきました。学者や僧侶にはない、分かりやすい話が評判を呼び、しだいに聴衆は増えていきました。
 心学は、宗教ではありませんが、教えの中には神道・儒教・仏教が採りこまれています。これら三教を融合した三教一致の道徳を説くのが、心学といえます。梅岩は宗教・思想を広く学び、それを現実に当てはめて、実際生活に合うところを摂取しました。生活の役に立たない観念は、採り入れません。この態度は商人であるがゆえの現実主義ともいえますし、日本的な合理主義ともいえます。観念的でなく現実的であり、生命と生活の実際に即しています。
 梅岩の生きた江戸時代は士農工商の身分があり、商人はその最下位でした。武士階層から、卑しい職業として蔑まれていたのです。しかし、梅岩は、「商人(あきびと)の売買するは天下の相なり」と言います。商人がものを売買することは、世の中の役に立つことであるというのです。商人がみな農民や職人になれば、ものを流通させる者がなくなります。それでは、社会生活が成り立ちません。梅岩は、貨幣経済の発達を踏まえ、商人の立場を主張したのです。時節は元禄のバブルが過ぎ去った頃でした。  
 梅岩は 「商人の道と云うとも、何ぞ士農工の道に替(かわ)ること有らんや。孟子も、道は一つなりとの玉ふ。士農工商ともに、天の一物なり。天に二つの道有らんや」と言いました。武士は主君に仕え、国を富ませるのが仕事です。農民は農業に励むのが仕事、職人はものを作るのが仕事です。商人はものを流通させ、物価を下げ、人々の生活を豊かにするのが仕事です。すべての人は、自分の能力にしたがって仕事をしており、それに対して報酬を受けるのは当然だと梅岩はいいます。暴利をむさぼらない限りは、どれが正しく、どれが不正ということはない。どの職業が上というわけでもない。どの人も、自らの職業によって社会の役に立っているのです。梅岩は、このように主張しました。
 しかし、彼にとって最も重要だったこと、それは、利益の追求ではありませんでした。梅岩は商人の基本的な役割は、社会に仕えることだと考えていたからです。
 梅岩は、自分の地位を私欲のために利用する人ではありませんでした。「広く人を愛し、貧窮の人をあわれみ…」と説いた梅岩は、洪水や飢饉が起きた時は苦しんでいる人々のために慈善活動を組織しました。町人によるボランティア活動です。
 梅岩の生活は質素でした。彼の死後残っていたのはわずかな物品だけでした。財産のほとんどを寄付してしまっていたからです。
 梅岩は、利益より徳を養うことを目指しました。いわば商業の倫理が、そのまま人間の倫理となるような道を説き、実践したのです。またそこには、自利と利他が一致する自他一如・共存共栄の精神が表れています。
 こうした梅岩の思想は、日本的な経営哲学の原形ともいえるものです。すなわち、「論語と算盤」の一致を説いた明治の渋沢栄一や、「水道の哲学」を説いた昭和の松下幸之助の先駆を、梅岩に見ることができるでしょう。
 さて石田梅岩の死後、彼の教えは弟子の手島堵庵、柴田鳩翁に引き継がれました。彼らの教えを石門心学といいます。彼らは、心学の教えを「道話」と呼びました。「道を説く話」という意味です。道というのは、天地人を貫く道理・法則のことです。
 梅岩の弟子たちによって「道話」の聴講者は著しく増えました。特に梅岩の孫弟子・中沢道二は、心学をわかりやすく説き、各地に広めました。聴講の地域は28カ国、69都市にまたがりました。商人だけでなく武士までも教えを受けるようになり、全国65の諸藩から大名や家老も相次いで門をくぐりました。こうして心学は四民全体に広まり、それが日本人の常識を形作っていったのです。
 心学では、正直・勤勉・奉仕の大切さを教えます。
 キーワードの第一は、「正直」です。これはただウソをつかないとか、人を欺かないということだけではありません。人間の本心そのままの状態を意味します。
 梅岩のたとえによれば、赤子が自ら行なっているのは呼吸だけですが、呼吸は自分の意志ではなく、意志を超えたものによって、呼吸させられているのです。それが赤子を生かしているのです。そこに梅岩は、人間を生かしている宇宙の法則を見出します。同時にまた、宇宙の法則にそって生きている人間の姿を見ます。そして「赤子は聖」と言い、そこに人間の本心を見るのです。その本心のとおりにあることを、梅岩は「正直」といいます。現代の言葉でいうと「素直」という言葉に、最も近いでしょう。そして、「心学」とは、本心どおりに素直に生きることを学ぶ学問といえます。
 心学の残りのキーワードは、「勤勉」と「奉仕」です。実践においては、梅岩は、勤勉と奉仕の大切さを説きます。商人が一生懸命、勤勉に働くと利益が得られるわけですが、そこで梅岩は私欲を自制せよといいます。そして倹約を実行し、経費を減らし、ひたすら消費者に奉仕することを心がけよと説きます。欲を出してはならない。貪欲になると道を外れるから、必ず倒産する。「奉仕に明けて、奉仕に暮れる」なら、必ず栄えると彼は説くのです。
 心学には、日本人が庶民にいたるまで外国思想をよく消化し、すっかり自分のものにしている例を、見て取れます。シナに生まれた儒教には、「修身斉家治国平天下」という言葉があります。四書の第一である『大学』の一節です。身を修め、家を斉(ととの)え、国を治めて、天下を平らかにするという意味です。本来これは君子つまり為政者の道でした。武士階層にはこの道が当てはまります。ところが梅岩は、身分が低いとさげすまされていた商人も同じ道を実行すべきだと説きました。
 「倹約の事を得心し行ふときは、家ととのひ国治り天下平なり。これ大道にあらずや。倹約をいふは畢竟身を修め家をととのえん為也」
 私欲を抑え、倹約をすることは、身を修めることだ。それによって商家という家を斉える。店で働く人々の生活を保障する。そして商売を通じて、社会に奉仕する。そうすれば、社会全体が豊かになり、国が栄え、世の中が平和になる。梅岩は、商人の道も、修身斉家治国平天下の大道だと誇り高く言うのです。それを広げて、さらに次のようにも説いています。
 「天より生民を降すなれば、万民はことごとく天の子なり。故に人は一箇の小天地なり。小天地ゆへ本(もと)私欲なき者也。このゆへに我物は我物、人の物は人の物。貸したる物はうけとり、借りたる物は返し、毛すじほども私なくあるべかりにするは正直なる所也。此正直行なわるれば、世間一同に和合し、四海の中皆兄弟のごとし。我願ふ所、人々ここに至らしめんため也」
 天地を父母として生まれた人間が、本心どおりに素直に生きれば、人々は和合し、世界人類はみな兄弟のようになる。梅岩はそういう気宇壮大な願いを抱いて、庶民に「道」を説いたのです。
 最初に、台湾では「日本精神」は、正直、勤勉、滅私奉公、向学心、礼儀正しい、約束事を守るなどを意味すると書きました。こうした、ごく当たり前の道徳は、庶民の日常の中で育まれ、受け継がれてきたものです。そして梅岩らの心学に見るように、江戸時代の庶民の中で成長した日本精神が、近代日本の発展の力となったのです。

参考
・心学参前舎の掲示文
・山本七平著『日本資本主義の精神』(祥伝社)

 次回に続く。

************* 著書のご案内 ****************

 『人類を導く日本精神〜新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
 『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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