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2020年09月21日11:21

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仏教57〜道家から道教へ、仏教と道家・道教

●道教の発生と発達

◆道教の定義
 道教とは、アニミズム・シャーマニズム的な原始的な信仰を基盤とし、道家の思想をはじめ、様々な思想や儀礼を取り入れて発達したシナ文明の土着的・伝統的な宗教である。

◆道家から道教へ
 道家は、前漢時代に黄老思想が発達して、宗教的な性格を帯びた。後漢時代には、道術・方術を含むようになり、一層宗教的な性格を強めた。
 道術とは本来、道の教えを実現するための方法であり、治世治民のための政治の術をいう。これを行う者を道士と呼ぶ。方術とは、仙人になるための神仙方術、医療を施す医方術、超自然的な存在や力に働きかける呪術等をいう。これを行う者を方士と呼ぶ。やがて道術と方術が混同され、両方を合わせたものを道術というようになった。これに伴い、道士は、道に則った政治の術を行なうだけでなく、同時に神仙方術、医方術、呪術等を行なう者を意味するようになった。
 また、道家という用語は、道の思想を説く学派から、いわゆる宗教としての道教の意味を持つようになった。老荘思想は、民俗信仰に哲学的な裏付けを与え、原初宗教が高度宗教へ発達するのを促したともいえる。

◆道教の発生と発達
 宗教としての道教の源流は、後漢中期に現れた太平道と、同末期に現れた五斗米道である。これらにおける「道」は、宗教的な集団ないし教団を意味する。
 太平道は、干吉 (かんきつ) が老子を神格化した太上老君から受けたという『太平清領書』に基づいて開始した。その後、河北の張角が信徒を増やして組織を拡大した。張角は、病人に罪の懺悔を求め、札を与え、霊力があるとされる符水を飲ませ、呪文を唱えて治病したという。信徒を軍隊組織に編成し、黄巾の乱を起こしたが敗死し、乱も鎮圧された。残党は、五斗米道と合体した。
 五斗米道は、四川の張陵が老子から教えを授かったとして開始した。張陵は天師と自称し、祈祷によって病気を治し、謝礼に米五斗を納めさせた。この五斗が教団の名称の由来である。張陵は、信徒に『老子道徳経』を暗唱させた。子の張衡、孫の張魯(ちょうろ)が教説・組織を確立し、シナ北部(北支、華北)を中心に一大宗教王国を築いた。215年魏の曹操に討伐されたが、天師道として復活した。
 その後、5世紀の北魏で新天師道、12世紀の金で全真教、13世紀の元で正一教が現れ、現代まで道教の信仰は、シナ人及びシナ系の社会で存続している。

◆宗教的性格
 道教は、多くの神々を祀る多神教である。老子を神格化し、開祖と仰ぐ。老子は道が人格化した存在とされ、太上老君として崇拝された。これに伴って、荘子も神格化された。道教では、老子・荘子等の人間神の他、シナ古来の天帝・星辰・山岳等の自然神も崇拝する。
 宇宙の最高神は天上皇帝・天皇大帝・太上老君等と呼ばれ、天上の神仙世界にある紫宸殿に住む。地上の皇帝と同じように天上にも官僚がおり、高級官僚が真人、下級官僚が仙人とされる。天上皇帝は、これらの官僚たちに命じて常に地上を監視させ、個々の人間の善を賞し、悪を罰していると信じられた。儒教の項目に北極星に対する崇敬について書いたが、北極星は天の中心として天上皇帝の座とみなされ、天帝信仰・星辰信仰が融合した北辰信仰となった。
 道教の教義は、アニミズム・シャーマニズム的な原始的な信仰を基盤とし、道家の思想を中心として、古代シナに現れた神仙思想、陰陽五行説、讖緯(しんい)説、儒教の倫理等を摂取したものである。仏教という高度な教義を持つ外来の宗教に対抗するため、道士たちは教義の総合・発展に努めた。その過程で仏教の影響を受け、因果応報、輪廻、解脱、衆生済度等の思想も取り込んだ。そのため、道教の教義は、複雑で、また矛盾に満ちており、体系的というより混在的である。唐代から経典の編纂が行われ、まとめられた根本経典を『道蔵』を呼ぶ。特に宋代の『雲笈七籤(うんきゅうしちせん)』が重要である。
信仰の目的は、不老長生をはじめ現世利益を中心とする。道と一体となることを究極の理想とする。寺院を道観、専修者を道士と呼ぶ。

●儒教と道教

 道教は、儒教とともにシナ文明固有の二大宗教となった。儒教は、政治的な性格が強く、国家・社会の安寧・秩序を統治者の立場で実現しようとするのに対し、道教は、宗教的な性格が強く、個人の治病や幸福・長寿等を民衆の間で実現しようとする。
 儒教は、家族的・政治的な倫理を説き、主に集団救済を目的とする。逆に、道教は、個人の救済を主たる目的としており、儒教では満たされない欲求に応えるものとして、民衆の信仰を集めた。

●仏教と道家・道教

 仏教は、輪廻転生を信じる多生説を取る。これに対し、道家・道教は、輪廻転生を明確には信じず、単生説に立つ。仏教は、一切皆苦を説き、現世否定的で、輪廻世界からの解脱を目指す。本来は出家して修行に打ち込む道である。道家・道教は、人生を楽しみ、現世肯定的で、俗世間を離れて、天地大自然と一体化した生き方に努め、不老長生を目指す。仏教は、活動の完全停止としての涅槃を目指すのに対し、道教は、現世における永遠の生命を求める。このように大きな違いがある。
 シナ人の多くは、輪廻転生を信じず、解脱の必要性を切実に感じない。そうしたシナ人が仏教に期待するものは、現世利益と心の平安、死後の安心の保証ということになっていった。

 次回に続く。

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