１枚目 リチャード３世（「時の娘」表紙絵）
２枚目 ばら戦争でのヨーク家とランカスター家の家系図
３枚目 サリー・ヘミングス
著者は1950年生、東大名誉教授。
本書は、親子関係や先祖との関係を調べるための遺伝子解析の啓蒙書であるとともに、その事例としていくつかの有名な家系を取り上げている。ここでは、遺伝子解析の方法はよくわからないので、事例の方だけにしぼって説明する。
ただ理解するうえで必要最小限に言えば（多分、正確ではないが）、男子系統を調べる場合は、Y染色体のたくさんある「５つの塩基配列」に連続して現れる繰り返しの数が同じかどうか、これを複数調べてすべて同一なら先祖子孫・親子関係が確定する。
母系の場合は母からしか受け継がないミトコンドリアの型を調べる。「七人のイブ」という本があるが、現存する全民族の先祖となるイブは７人で、日本人のイブは２−３人とのこと。（ミトコンドリアは生物の遺伝子から生まれるのではなく、生物に寄生したDNAであり、これとの共生関係によって、生命は進化したとのこと）。卵子と精子が結合するときに、精子のミトコンドリアは切り離されて卵子由来だけが残されるのである。
１．ばら戦争で敗死したリチャード３世
2012年晩夏、イングランド中部の都市レスターの駐車場跡地から、リチャード３世と思しき人骨が発見された。それまで墓は行方不明だったのであるが、リチャード３世協会やレスター市、レスター大学の協力で墓地の位置が特定され、狙いどおりに遺体が発見されたわけである。むろん修道院の墓地に埋葬されていたのだが、ヘンリー８世による宗教改革により修道院はカトリックであることからすべて破却されたのである。今はほとんどが廃墟になって廃墟愛好家を生み出しているらしいが、この修道院の場合は墓地もろとも完全に地ならしされてしまっていたわけである。まだ薔薇戦争から時間がたっていないので、その時点では白薔薇のヨーク家最後の王が埋葬されていたことは分かっていたと思うのだが。それだけ憎しみが強かったのだろう。
で、私はリチャード３世との文字を見て衝動買いをしてしまったわけだが、そもそもの因縁は小学６年生ぐらいだったと思うのだが、映画に連れて行ってもらって、リチャード３世が後継競争の兄王エドワード４世の甥の少年王子兄弟を残酷に殺し、自身の兄弟は酒樽に突っ込んで溺死させ、関係は忘れたが夜中に呼び出して処刑したりとやりたい放題の挙句、赤薔薇のランカスター家との戦争となる。戦いの前日の夜に、今までリチャード３世が殺した王子たちが現れる。それが怖くて目をつぶっていたのだが、やれ終わったかと思ったとたん、酒樽で溺死させられた兄弟だった王子が悪鬼の形相で現れるではないか。
中学になってシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」や「ヴェニスの商人」とかを読み始めたと思うが、むろんリチャード３世は読まなかった。
しかし二十歳過ぎだったかに、ジョセフィン・テイ「時の娘」を読んで二度目のショックを受けることになった。すべてはリチャード３世を陥れるためのチューダー家の陰謀だというのである。
で大分脱線したが、本題に戻ると、この遺骨が本当にリチャード３世のものか確定するために、ヨーク家の子孫だとはっきりしている家系、あわせてランカスター家の子孫のDNAが調べられた。むろん、本人了解の上であるはず。
リチャード３世の皇子は二人いたが一人は早世し、もう一人はヘンリー７世（チューダー朝の始祖）によって処刑された。ただし姉のアン・オブ・ヨークの子孫は続いていた。二つの系統に分かれていて、一人は男性だが、もう一人は女性が生きていた。ただ男性でも母のミトコンドリアは受け継いでいるはずである。このDNA分析の結果、駐車場から発掘された遺骨のミトコンドリアと一致し、間違いなくリチャード３世だと断定されたのである。
一方、ランカスター家の結果は意外なことになってしまった。ランカスター家の始祖ジョン・オブ・ゴーントはヨーク家の始祖と同じく、エドワード３世の皇子である。
ジョン・オブ・ゴーントから13代後のヘンリー・サマーセット公爵の後５つの家に分かれているが、それぞれの現存男子からのY染色体の６つの塩基配列の繰り返しの数が調べられた結果、いずれもリチャード３世のものと違っていた。
このことはヘンリー・オブ・ゴーントからヘンリー・サマーセットまでの13代の間の夫人が浮気していた（多分）ことを示している。ということで、ランカスター家はプランタジネット統（征服王ウィリアムの孫娘マチルダとフランスの貴族アンジュー伯ジョフロワの結婚による王統）の血統ではなく、チューダー朝はもとよりであって、エリザベス１世も、さらに現在の王家もと言うことになったと著者はいうが、チューダー家のヘンリー７世の王妃はヨーク家のエドワード４世の王女なので、女系では続いていると思う。
さらに、遺伝子解析により、リチャード３世はせむしではなく、左に肩が曲がる病気だったこと（当時の記録の一つが伝えていたとおりに）、また金髪だったことも明らかになった。確かに表紙絵では左の型が下がっているように見える。金髪にはなっていないのだが。
遺骨はレスター大聖堂に埋葬されることになり関係ある貴族やレスター市民に見送られた。かっての国王を讃える詩を朗読したのは人気若手俳優ベネディクト・カンパーパッチだったが、彼もリチャード３世の血縁だったのである。
★海風：
「時の娘」（真理は時の娘という格言）を読んで、私も歴史推理のファンになった。敏腕警部が捜査中に足を骨折して身動きできない入院中に、知らない人物の肖像画を見て心惹かれるのだが、それが悪評高いリチャード三世だと知って驚いたあまり、安楽椅子探偵の真実追求の推理が始まる。英国留学中のアメリカ人青年の助けを借りて資料を集め、リチャード三世の悪評のもとになったのはランカスター派であり、有名人として「ユートピア」の作者トマス・モアが浮かび上がったのである。
なんだか、判官贔屓みたいだが、リチャード３世の支持者もいたわけで、レスター市はヨークから離れているようだが生前にゆかりがあったのだろう。
それで直接の関係はないのだが、なぜ百年戦争の後で薔薇戦争が勃発したのか、そしてヨーク家が敗れることになったのか、両家の系図でキー・パーソンになったように見える王妃をウィキから調べてみた。
�．┘疋錙璽稗汗と泙離┘螢競戰后�
エリザベスはヘンリー７世の母マーガレット・ボーフォート（ジョン・オブ・ゴーントの曾孫）との間で、自分の娘エリザベスがヘンリー７世妃になることを条件としてヘンリー７世が王位に就くことを承知した。
エリザベスはヨーク家を裏切ったわけだが、息子のエドワード５世と弟のヨーク公が13歳と10歳で行方不明となって（殺されていた）のはリチャード３世のせいだと信じたからだろうか。まだ王子たちの父王エドワード４世が存命中だったのだが。
�▲悒鵐蝓治祇と泙砲覆螢悒鵐蝓治鏡い鮴犬鵑瀬�ャサリン・オブ・ヴァロア：
彼女はフランス王シャルル６世の王女。自分がフランス王権の継承者だと主張するヘンリー５世はフランスの半分を占領する大勝で、キャサリンとの結婚を条件に和睦した。しかし、またフランス側が戦争を再開したためにフランスに渡ったところで病死した。
結婚２年の（ヘンリー６世を）妊娠中に未亡人となったキャサリンはヘンリー５世の側近だったオウエン・テューダー（イングランドに征服されたウェールズ王の子孫）と通じて４人の子を産んだ。彼女の孫がヘンリー７世となる。
�５ぜ紊淵悒鵐蝓治鏡と泙離沺璽�レット・オブ・アンジュー：
実権を握ったマーガレットは、神聖ローマ帝国との国境にあるロレーヌの領主ロレーヌ公・アンジュー公（ヴァロア＝アンジュー家）の娘で、ヨーク家に対して徹底抗戦したことで有名。
ランカスター家の３人の王妃のうち２人がフランス王家出身だった。
フランスに亡命したヘンリー７世は、シャルル７世の息子のルイ11から軍勢と装備を援助され縁故のあるウェールズに上陸したのである。
つまり、ランカスター家の人脈が英仏双方で優っていたのである。それにしても英仏の王家は戦争しながら密接な関係を持っていたわけだが、というよりフランス王の王位を要求できるほどの姻戚関係だったから王位継承戦争になってしまったのであろう。
ただし、フランス語を話せない者をフランス王とは認めないというのが農民の娘ジャンヌ・ダルクの主張だったし、それがフランスの庶民の共感を集めたのに違いない。それに対して貴族やカトリック神父たちの共通語はラテン語なので、特別な違和感はなかったのであろう。その後英仏両国はジャンヌの主張に沿って国民国家になって行く。
２．抹消されたファラオたち一族（ツタンカーメン）
第18王朝はイアフメス１世に始まり、５代トトメス３世や６代ハトシェプスト女王を含め、15代のラメセス１世で終わる15人のファラオからなっていた。しかし、そのうち10代アクエンアテン（別名アメンホテプ４世、イクナトーン）、11代スメンクカラー、12代ツタンカーメン、13代アイの４人のファラオは長く抹消されていた。アクエンアテンが神官団が推すテーベの豊穣神（太陽神）信仰を禁止し、あたらしい太陽神（テーベのマイナーな太陽神）アテン神の一神教を創始し都もアマルナに移したこと（アマルナ革命）で神官団と対立し、彼の死後ツタンカーメンはアテン神信仰を放棄せざるを得なくなった。しかし、それでも神官たちは許さなかったのだろう。４代のファラオの名はレリーフから削られ、いなかったことにされたのである。
アメンホテプ３世の王妃ティイは神官イウヤとチュウヤ夫妻の娘である。この夫妻の墓は発見されていてミイラの保存状態も良かったがティイのミイラは見つかっていなかった。
その後、王家の谷（valley of kings）KV35号（７代アメンホテプ２世の墓）から二人の女性のミイラが発見された。それで年上（KV35El）エルダー・レディーと年下（KV35YL）ヤング・レディーと名付けられた。
そこで、イウヤ・チュウヤ夫妻のDNAと二人の女性が比べられたが、エルダー・レディーがティイだったことが確証された。確かに、エルダー・レディーは王妃の姿だったのである。
それではアメンホテプ３世とティイの子であるアクエンアテンは誰か？ ４人のDNAとKV55号墓のミイラとが比較された結果、これがアクエンアテンだったことが確証された。
同様に以上の５人にツタンカーメンのDNAを加えて、ヤング・レディーが特定された。この女性は、アメンホテプ３世とティイの王女であると同時にツタンカーメンの母でもあった。アクエンアテンの王妃は古代第一の美女（彫像で実証されている）として有名なネフェルトイティーであるが、もう一人の后がいたことが分かっているが、彼女はアクエンアテンの姉ベケトアテン（king’s daughterの称号を持つ）でほぼ間違いがないとされた。
それまで、もう一人の后の名はキヤであり、彼女がツタンカーメンの母とされていたのだが、どうやらベケトアテンがキヤに名を変えたのでないかと推測される。后が３人いたという証拠も伝承もないからである。
ツタンカーメンの墓からは胎児のはいった壺が二つ発見されている。従来は、ツタンカーメンと王妃で異母姉であるアンケセナーメン（母はネフェルトイティー）の子だったとされていたが、DNＡ解析の結果、一つはそうだが、もう一つの母が違うことが分かった。ツタンカーメンのレリーフには乳母のマヤも一緒に描かれていた。王子王女の乳母も王族であることが多いので、マヤもアクエンアテンの王女で、著者はアンケセナーメンの姉メリトアテンではないかと想像している。
で、結局、まだ分からないファラオは11代スメンクカラーである。つなぎの形でネフェルトイティーが王位についていたのでないかと、と言うのはスメンクカラーが男性であったという確証がないからである。
★海風：
以前に読んだモーゼに関する歴史推理だったが、旧約のエクソダスはアクエンアテンのアテン神の神官だったモーゼが一神教弾圧を逃れるためだったとする説だった。確かに王家の一族の記録を抹消してしまうほどの憎しみがあったとすれば、その神官も命令で仕方なくではなく、積極的に加担していたとすれば無事ではいられない。
モーゼにはファラオ一族（つまり18王朝で、アクエンアテンかその父親ぐらいの時だろう）と親しい関係にあったとする伝承（王女に拾われて育てられた）がある。アクエンアテンが命を懸けた一神教創業には、一心同体的な神官が必要だったと思える。モーゼは外国人（ユダヤ人）だったはずだが、その立場は、むしろ伝統的は神官一族よりも新宗教にふさわしいと思う。
３．憲法を起草しアメリカ第３代大統領になったトーマス・ジェファーソン
ジェファーソンについては、黒人奴隷との関係が取りざたされていたのは知っていた。その奴隷の女性とはサリー・ヘミングスのことである。
ジェファーソンの妻はマーサとの間に６人の子供がいたが、大統領になってからは早世した母マーサの代わりに長女のマーサがファースト・レディーとなっていた。一家の家政は、妻マーサの異母姉妹にあたる奴隷のサリー・ヘミングスが担っていたのである。
つまりサリーはマーサの実家の奴隷でマーサの御付きの立場で婚姻先のジェファーソン家にやってきたのである。そしてサリー母ベティ・ヘミングスはアフリカから来た黒人奴隷とイギリス人船長との間の子で、ベティとマーサの父との間にサリーが生まれたのである。つまりサリーは二代にわたる白人との混血で外見はほとんど白人だったとのこと。
そしてサリーの子供７人（成人したのは５人）のうち何人かはジェファーソンの子供だろうと噂されているのであるが、その中でサリーの長男のトーマス・ウッドソンの子孫から、自分たちはジェファーソンの子孫だと伝えられてきた。遺伝子検査で実証して欲しいとの申し出があったのである。５人のうち２人は白人社会に同化した。
で、あとの３人の男子のうち２人（トーマス、エストン）の子孫の遺伝子検査が行われたのである。
ジェファーソン家の子孫５人とエストンの子孫は完全に一致した。しかしトーマスの子孫は違っていた。一族の伝承は間違っていたことになる。
ただし、３人の男子の子孫は、この結果にかかわらずトーマス・ジェファーソンの関係者で作っているモンテチェロ家族グループへの加入を認められた。モンテチェロとはジェファーソンのプランテーションと邸宅のあった地名である。
★海風：
なぜ、わざわざ奴隷をプランテーションの労働力としてアフリカから連れてくる必要があったのか？ そもそも当時の人々はよほど困らないと、あるいはよほど変人でないとふるさとの地を離れて知らない土地へ行こうとは思わなかったのだろう。
ゲルマン民族の場合は、飢饉もあったのだろうが豊かなローマのことは知っていた。すべての道はローマに通じていたわけで、逆方向にも同じくで、ゲルマンの地からも商人がローマに交易に行っていたはず。
ということで知らない土地への労働力の移動は強制が必要だったのだろう。それにアメリカ・インディアンは狩猟民族で農業を嫌っていた。
それに対してアフリカにはもともと奴隷制がありアラブ人だったと思うが奴隷商人もいた。奴隷商人から購入する方が簡単だったのだろうと思う。
ただしアフリカ人でも奴隷になるのは農耕民族で、狩猟のマサイ族は死ぬまで抵抗して絶対に奴隷にならなかったとのこと。
DNA解析によって、日本人のもとになった縄文人は大陸側の人々のものと違っているとのこと。アフリカからユーラシア大陸の東海岸に到達した古代人は、日本列島に渡るか、そのまま北上してついにはアメリカ大陸に渡るかしたので、その後にユーラシア東岸に達した人々は混血を繰り返したのだと思う。
さらにくわしい遺伝子資料と分析法が開発されれば、一層詳しい日本人の出自の経緯が分かると思う。生きているうちに分かればよいのだが。
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