著者は京都の呉服屋に1944年生、高校の時に横浜へ引っ越したとのこと。
早稲田大学仏文科。編集工学者。
本書の実体は書評集で、それがテーマ別に十数冊になるらしい、その一冊で少年少女小説の書評集である。残念ながら少女を主人公とする小説は入っていない。だから、女性作家もここにはいない。少女は憂鬱でないのかもしれないが？ まあ多分、著者の松岡が少女のことを知らないのだろう。
「私は少女のことは知らないので、少年小説を書かせてほしい」と、出版社から少女小説をという注文に応えたのは、心ならずも女に生まれたルイザ・メイ・オールコットだった。しかし出版社に押し切られ渋々「若草物語 リトル・ウィメン」を書くことになった。世のためには幸いだったが。
本書の中身は六つに分けられている。�ー困錣譴浸�へ、�⇒弔平瓦糧詭�、�Ｂ膺佑砲覆蠅燭�ない、�よ楚Г琉�だくみ、�ネ�鬱も悲哀も憧憬も、�Δ錣�少年期の日々
で、書評集を書評するのも変なので、この35冊ほどの中から、私が読んだことがあり、著者松岡の言を補いたいとか修正したいというものをいくつか選んで書くことにした。
�ー困錣譴浸�へ
ここではマルセル・プルースト「失われた時を求めて」とトルーマン・カポーティ「遠い声 遠い部屋other voices other rooms」をとりあげる。失われた時、特に少年時代を取り戻すのにどうすれば良いのか。
それで回想が始まるわけだが、母に甘えていた幼い時から、青年時代の社交界や少女との恋など、失恋もあるわけだが、そして作家になりたいのに書けないという苦しみもあるわけだが、これらの想起を今と融合して生きればよい。その悟りを書けばよいのだと思いいたるのである。
一方、カポーティであるが、著者の取り上げているのは20代初めの処女作と言っても良いものなのだが、これも小学校に入るころ（親戚に世話になるために一人で、アラバマの田舎町モンローヴィルたどり着く）に始まる回想に違いない。ただし、事実関係は大きく脚色してある。やはり実際には、いかに無責任な女性とはいえ母親があいさつを兼ねて連れてきたはず。ただし、その片田舎で、母の兄弟姉妹がともに育った実家といっても母の祖父の従兄弟たちの家である。そこでは、高齢の長男バッドが畑仕事をし、町一番の美人で鉄の意志を持って婦人服店を開いた次女、それを手伝う三女、そして内気すぎて役に立たないが心の優しい長女スック、いずれも独身の４人が住んでいた。ここでカポーティは、かわいがられ小公子のようにかわいがられた。まわりは裸足しで、自分の従兄弟たち以外は、いじめにかかる悪童たちに囲まれて。
という、「つらい」少年時代がモチーフになって、現実と幻想の境がつかないようなストーリーがつづられる、と著者の松岡は言う。
しかし松岡は読んでいないらしいが、マリアン・Ｍ・モウツ「子供時代への懸け橋 トルーマン・カポーティのアメリカ南部時代」英宝社2006
https://open.mixi.jp/user/34218852/diary/1966196303
によれば、ここに暮らしていた３年間と、母がニューヨークで再婚した富豪の義父に引き取られて、ニューヨーク近郊の全寮制の小学校時代の３年間は夏休みなどにはモンローヴィルに戻ってきていたとのこと。
カポーティにとってかけがえのない祖父母というべきバッドとスックがいたし、従兄弟のビッグ・ボーイとハーパー・リー（アラバマ物語の作者）という生涯の盟友がいたのである。
このハーパー・リーは「遠い声 遠い部屋other voices other rooms」で、妖精の小鬼のように描かれている少女（お嬢様タイプとの双子、弁護士の娘リーの両面だろう）だと思う。実際に、悪童たちに対して小鬼のような毒舌罵倒攻撃で弱虫だったカポーティを守っていたのである。（悪童たちも女の子でしかも年下では手が出せなかった。南部マッチョ気質の名折れになるからに違いない）。
★海風：
�．廛襦璽好箸肇�ポーティの共通点は、ゲイだったことであろう。
カポーティは当時の南部アラバマの親族に、来るなら一人で来い。ゲイの恋人を連れてくるなと追い返された。今、ゲイの恋人と暮らすピート・ブティジェッジ氏は有力大統領候補ではあるが、さすがに南部とメキシコ移民票をとるのは難しいとのこと。パリのプルーストにしても20世紀初頭。小説内では、当時有名だったゲイの男爵を描いているが、自身は異性愛者としている。
著者の松岡によれば、カポーティは自身の不幸な少年時代がモチーフになっているというのだが、ゲイを言えなかった葛藤ではないのか。後には、公言して派手なパフォーマンスをするようになった。
この点、確かに「仮面の告白」の三島由紀夫に似ている。彼らの独自の美意識は、今やテレビタレントに欠かせないのではなかろうか。テレビという異世界の中での話になるが。
�△覆次嵶箏譟廚悗反覆鵑世里�？
カポーティは現実と幻想の融合したような世界を描いてきたが、最後の長編は一家強盗殺人事件だった。これをリアリズムに徹して、ノンフィクション・ノベルと名付けた。ノベルと言っているのは、調査しインタビューする自身と協力者のハーパー・リーが登場しないことを指している（伝記映画では当然登場する）。
ここで、「ざらざらとした現実を抱きしめる」と称して詩を捨ててアラビアの商人になったアルチュール・ランボーを思い出してしまう。
現実に幻想を見る資質やゲイの美意識も、現実にはかなわないと悟ったのだろう。
柳田国男が田山花袋に、飢えた木こりが殺してくれという自分の子供を殺して自分は死にきれず自首して出た事件を示したが、花袋はそんな特殊な事例で人間を描くことはできないと断ったという有名なエピソードがあった。
柳田とカポーティは気があったに違いない。
�２鸛曚離侫�クション
プルーストもカポーティも大なり小なり事実を改変している。人間はイメージに生きる動物だから、実際が自身のイメージに従って変わるのに違いない。イエスいわく、人はパンのみに生きるにあらず、（神というイメージに従うのだ）ということである。小説家も一つのイメージ世界の創造主に違いない。むろん、今は「神の視点」で書くのはダメらしいが。
ということで、宮沢賢治がイーハトーヴォと銀河鉄道に生きたように、プルーストも自分の見出した時に生きているし、大江健三郎も「懐かしい年」からの便りを待っている。人は浄土なしには生きられない。
ただし、カポーティの場合は、地獄めぐりをしてランボーと同じく帰ってこれなかった。協力者だったハーパー・リーは「アラバマ物語」を書くことができたのだが。原題は、いわくありげな「to kill a mockingbird」で、「冷血」事件を連想させる。実際に、「アラバマ物語」も無実の黒人を殺した事件が最大のモチーフになっていて、「トム・ソーヤー」のように悪童物語から殺人事件のクライマックスへ向かう構成になっている。救いのない「冷血」とは違うのである。
�ぅ�ポーティにも幸せなフィクションはある
「ティファニーで朝食を」であるが、1961 に映画化された。主題歌ムーン・リバーは作者を象徴しているようだ。
原詩の翻訳によれば、ムーンリバーをいつか渡ってみせる。友人のハックルベリと二人で、という内容とのこと。Moon River Lyric Johnny Mercer. Music Henry Mancini.1961
（magictrain ミュージックブログ）から
むろん作詞者自身の気持ちもあるだろうが、カポーティを前提にして作詞したと思う。ヒロインのホリーの気持ちを描いたというよりも。
私は、ホリーのモデルは、作者の母親だと思っている。実際に初婚の相手（ニューオーリンズのそこそこ金持ち）と別れ、息子をアラバマの田舎の実家に預け、私のような美人はもっと本物の富豪と結婚できるはずだとニューヨークを目指したからである。それでうまくいったのだから、これもアメリカン・ドリームかも。
で「どうにも止まらない」1972 作詞・阿久悠 歌・山本リンダ
この歌が、ホリーの気持ちを代弁している気がするし、結婚した富豪にもこのように見えたに違いない。
「うわさを信じちゃいけないよ
私の心はうぶなのさ
いつでも楽しい夢を見て
生きているのが好きなのさ」
確かに、ばんばひろふみ「幸せを数えたら 片手にさえ余る 不幸せ数えたら 両手でも足りない」では生きている甲斐がない。
心理学で偽の記憶というの現象があるらしいが、幸せな偽の方が良いわけで、不幸を数え立てる人とは一緒に居られないのである。
�ゥ�ポーティばかりになってしまったが、もうくたびれてきたので、「悪童」を主人公にしている小説を拾ってみた。
・マーク・トウェイン「ハックルベリ・フィンの冒険」
著者の松岡は、「トム・ソーヤーの冒険」よりもハックだと言うのだが、しかしここでのハックは考え深い少年なのである。黒人奴隷のジムの逃亡を助けながら、ミシシッピ川流域で繰り広げられる悲喜劇を冷静に見つめている。最後に偶然にも再会したトムの遊びでぶち壊しになるのだが。
そういう面からみると、最初から悪童はトムの方だと言わねばならない。ただ、殺人犯を知りながら、怖くて無実の被疑者を見放そうとする心理は、ハックのジムを助ける心の葛藤と同じには違いない。
と言うことで、純粋な悪童はトムの方である。それで弟のシッドが優等生の嫌な告げ口屋という設定なのだが、実際は作者のトウェイン自身が優等生で、弟とは仲が良かった。だからだろう、トムのモデルは複数の遊び仲間たちだとしている。そもそも伝記によれば、ニューヨークの深窓のお嬢様だった新妻に、あなたの少年時代を教えてと頼まれて書いた小説だった。
・カルロ・コッロディ「ピノキオの冒険」1883
ピノキオも悪童に違いない。学校嫌いの嘘つきで、不良と付き合って騙されるし。とうとう人買いに売り飛ばされてというように、子供をしつけるために脅しても脅してもというストーリーになっている。これは著者が謹厳な教育者だったかららしい。
で、ピノキオを更生させるのは父親の病気だった。そして甘やかしていた仙女も病気になる。それでピノキオは看病しながら、生活費を稼ぐことになったのである。一方、仙女と違って、ピノキオに厳しい手下たち。カタツムリはいくらピノキオが困っていても急ぐことはない。
最後に、コンプレックスの元だった木の人形の形から解放され平凡な親子になって冒険は終わる。
私が驚くのは、明治初期の時期で、アメリカの場合、まだギリシャ神話などは異教として排斥されていたはず（ギリシャ神話を再話したホーソン「ワンダブック」によれば）。カトリックのイタリアでは寛容だったらしい。確かに、ジョルジュ・サンド「愛の妖精」1849 があるので（ただし魔女の娘とみられて、遊んだらいけない子である）、そしてキリスト教以前の伝承を収集したグリム兄弟も19世紀の人。
・ウィリアム・ゴールディング「蠅の王」
ジュール・ベルヌ「十五少年漂流記」
「蠅の王」は「漂流記」のストーリーをなぞったものである。離れ小島に子供たちだけが残されたという状況は同じ。少年たちは生きていくために自治を始めるのだが、二つの派閥に分かれ争うことになる。「漂流記」はまたまとまるのだが、「蠅」では殺し合いにまで対立が激化する。ペシミズムなのである。
日本では連合赤軍事件が起きているが、この場合は一人ずつ拷問にかけられていたが。新左翼に、ひいては社会主義に未来なしを改めて思い知らされる事件だった。
オーウェルが「動物農場」や「1984」で書いていたことだが。
結局、人は法だけでは生きられない。すでにイエスがパリサイ派を排斥していたが。本書で言えば、悪童の生きる余地が必要なのである。
・アゴタ・クリストフ「悪童日記」三部作
本書をなぜか著者の松岡は取り上げなかった。これこそ、ナチドイツとソ連の支配下ハンガリーで生き延びたという、祖母が魔女のうわさのある双子の悪童の物語である。ただし双子というふれこみではあるが、それがどこまで本当なのか疑わしいのである。むしろはっきりさせないことが生きる知恵なのだと思える。
父が亡命を勧めに来たが、二人のうち一人だけが父に従い、もう一人は祖母のもとに残った。ただし亡命した方は、国境の地雷原へ父を先に行かせて、爆発して安全だと見定めてから国境を独り突破した。
難民として亡命したのは二十歳ぐらいだった著者アゴタ・クリストフなのだが、自伝によれば、案内人が森の中で道に迷ってしまって夜明け前ぎりぎりの突破だったという。
さて、松岡正剛と言う人を知らなかったのだが、たまたま書店で「編集力 連想＝多読＝暗黙知」角川ソフィア文庫令和元年2019 という文庫本を見つけて衝動買いしてしまったのである。これは私のことでもあると思った。私も連想をもってこの日記を書いているし、「思い出したが」という連想で書いていくのが私のスタイルであった。しかしこの言葉は、学生のころから読み始めた花田清輝の言葉だった。彼も連想と言うレトリックの人だったのである。
で、早い話が松岡の書評を立ち読みしていて花田を思い出して衝動買いしたのである。ところがこの本は思想書の書評集で、専門用語に躓いて読み進められないというわけで、図書館で小説の書評集を見つけたのが紹介した本書だった。
著者はレトリックとか編集工学というだけあって、普通の、新刊書の書評とかテーマ別の書評集、読書案内ではない。
最初に六つに分類されているのを紹介したが、その分類に著者のレトリックが、連想作用が機能しているのである。それなら、読者である私も自由に連想し編集したらよいのだというわけで、長くなってしまった日記である。
ログインしてコメントを確認・投稿する