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2018年08月22日08:48

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キリスト教91〜近代西欧科学とキリスト教

●近代西欧科学とキリスト教
 
 宗教改革によって、カトリック教会の権威を批判することで信教の自由が得られた。そのことが西方キリスト教における教派の多様性を生んだ。また、ユダヤ人にも自由と権利が拡大したことにより、西方キリスト教圏においてユダヤ的価値観の浸透が進んだ。もう一つ、宗教改革後、西方キリスト教社会に大きな変化をもたらしたものが、近代西欧科学の発達である。科学の発達は、キリスト教の権威と信仰を揺るがし、キリスト教を相対化したり、否定したりする考え方を引き出した。
 近代西欧科学は、ヨーロッパの近代化の進行の中で発達した。近代化とは、「生活全般における合理化の進展」(マックス・ウェーバー)である。合理化は、文化的領域から始まった。文化的領域における近代化とは、宗教・思想・科学等における合理主義の形成である。ルネサンス、宗教改革に続いて、17世紀に科学革命が起こり、世界観が大きく変わった。世界を合理的な考え方で理解する態度が支配的になったのである。
 この世界観の変化において大きな作用をしたものの一つが、天動説から地動説への転換である。中世において、キリスト教の教義は絶対だった。人々は、神が七日間で宇宙を創造し、太陽が地球の周りを回っていると素朴に信じていた。だが、ルネサンスにおいて、失われた古代の知識が回復され、世界観の変化を生み出した。その変化をもたらしたのは、古代ギリシャ=ローマ文明の知識の復活だった。
 プロティノスらによる新プラトン主義の思想に触れたコペルニクス、ティコ=ブラーエ、ケプラー、ガリレオらは、太陽を中心とする幾何学的な宇宙観に魅せられ、天体観測と数学的計算を試みた。その結果、彼らが明らかにしたのは、驚天動地の事実だった。
 太陽が地球をではなく、地球が太陽の周りをまわっていると彼らは言い出した。天動説から地動説への転換である。カトリック教会は、最初この説を弾圧した。だが、やがて天動説が真理であることが社会的に認められるようになっていった。
 この世界観のいわゆるコペルニクス的転換は、西欧での科学革命を引き起こした。実験と計算が重んじられるようになり、神話的・教義的な意味付けは駆逐されていった。その中心となった時期が17世紀である。魔女狩りの集団的熱狂や旧教・新教の対立抗争が行われるなか、フランシス・ベーコン、ガリレオ・ガリレイ、ロバート・ボイル、アイザック・ニュートンらが活躍した。ベーコンは、実験と観察にもとづく帰納法的学問こそが、人類に大きな利益をもたらすことを強調して、近代科学の論理学・方法論を発表した。ガリレオは、望遠鏡を製作し、木星の衛星、太陽の黒点等を発見し、地動説を唱えた。彼は、1632年に出版した『天文対話』によって宗教裁判を受け、著作は禁書となり、刑罰を受けた。ボイルは、物質の基本構成要素として元素の存在を認め、化学の礎を開き、また実験科学を確立した。そして、ニュートンが万有引力の法則を発見して地動説を完成させるとともに、機械論的世界観を確立した。
 このような展開において、キリスト教との関係で最も重要なのは、ルネ・デカルトである。
デカルトは、中世のスコラ神学的な実在観・人間観・世界観とは異なる新しい哲学を打ち出した。それによって、近代哲学の祖となった。デカルトは、中世の神学や薔薇十字団の神秘思想等を経て、数学・自然科学を志した。デカルトは、方法的懐疑によって疑い得ぬ確実な真理として、「我思う、ゆえに我あり(cogito ergo sum)」と説いた。そこから神の存在を基礎づけ、外界の存在を証明した。神を無限な実体として世界の第1原因とし、それ以外には依存しないものとして、物体と精神という二つの有限実体を立てた。これら「延長のある物体」と「思惟する精神」は相互に独立した実体とする物心二元論の哲学を樹立した。その哲学は、物事をそれ構成する要素に分解し、それらの要素を理解することで、元の物事全体の性質や振る舞いを理解しようとする要素還元主義の科学方法論を生み出した。
 デカルトは『情念論』(1649年)で、「生きている人間の身体」を自動機械にたとえ、それをあくまでも機構としてとらえるべきことを説いた。またデカルトは、精神の中に生得的な観念があり、理性によって精神自身が観念を演繹して展開することが可能であるとした。その生得的な観念の一つが神であり、デカルトはコギト(思考する我)の根拠として神の存在は自明のものとした。
 デカルトは、また、主観と客観をはっきり区別する主客二元図式を提示した。そこから、近代的な個人の自覚が生まれることになった。ここに、近代西欧哲学が始まった。スコラ神学から近代哲学への変化が開始されたのである。近代哲学は、近代西欧科学の認識論、人間観、生命観、自然観等の基礎を提供した。
 科学革命の推進者たちによって、中世の西方キリスト教的な世界観とは異なる新しい世界観が生み出された。それを一言で言えば、機械論的な世界観である。近代西欧に現れた機械論的な世界観は、自然は数理的な法則に従って運動する物質とみなす。人間と自然の間の霊的なつながりは決定的に失われ、自然は物質化・手段化された。そして人間には自然を征服・支配する力が与えられているという考えが支配的になった。物質科学によって得られた知識は、西欧人に合理主義的な思考を促し、宗教・思想・生活態度を合理的なものに変えていった。そして、合理主義的な思考の強化によって、近代科学は急速に発達した。物質科学の発達は、近代化の過程で決定的な役割を果たした。物質科学こそ近代文明の中心であり、近代西洋文明は物質科学中心の文明と呼ぶことができる。
 西方キリスト教は、その教えが醸成した文化の中から登場した近代西欧科学によって、根底から揺さぶられることになった。

 次回に続く。

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