『X−MEN』シリーズの通算第10作にして、ウルヴァリンを主人公とするスピンオフの第3弾、『LOGAN ローガン』を見て来ました。
ヒュー・ジャックマンが演じる最後のウルヴァリンが見られること、それまでにないハードボイルドな雰囲気が、見る前から異様な空気を醸しておりましたが、実際見てみると『X−MEN』中最大の異色作に仕上がっています。
※ご注意!映画の内容に深く触れる記述があります※
【物語】
2029年。世界のミュータントは絶滅の危機に瀕していた。
老境のウルヴァリン=ローガン(ヒュー・ジャックマン)は、かつてX−MENを率いていたチャールズ・エグザビア博士(パトリック・スチュアート)と人知れず暮らしていた。チャールズは力を制御するための薬を服用しており、記憶も朦朧とする有様で、ローガン自身も原因不明の病魔に侵されていた。
そんな折、ひとりの少女がローガンの前に現れる。ローラというその少女(ダフネ・キーン)は、ローガンと同じアダマンチウムの骨格を持ち、驚異的な身体能力と戦闘力を備えていた。ミュータントの生き残りが暮らすという地を求めて旅立つ3人だったが、少女の命を狙う企業の執拗な追撃が始まる。
…スピンオフの前作『ウルヴァリン:SAMURAI』の日本的異国情緒をぶっ飛ばす、70年代風ロードムービーのような展開が斬新です。とはいえ男と少女の旅というスタイルは、『ペーパー・ムーン』『都会のアリス』以来お馴染みのもの。昔からある物語ですが、激変しつつある世界の中で男は死に場所を求めており、悲壮感のようなものが漂います。
ウルヴァリンの死が描かれることは前もって予告されていましたが、チャールズの死まで克明に描かれているとは思わなかったので、意外でした。しかも、その死が何とも惨い。シリーズ最大の功労者がこれほど無念な死に方をするのか、それを正面から描いてしまうアメリカ映画にも、底知れぬ不気味な変化が感じられました(もちろん、決して良い変化とは言い難いものです)。
西部劇の名作『シェーン』が重要なモチーフとして中盤に登場し、ウルヴァリンの死を強く暗示させ、実際その通りになります。良くあるパターンのアメリカ映画であれば、その意思はもう一人の主役の少女に受け継がれ、次の世代の物語へと橋渡しをされていくことでしょう。しかし驚くことに、マーベル映画恒例の「エンド・クレジット後の次作への伏線」は登場せず、物語はそのままエンドとなるのです。
次に受け継ぐことを良しとせず、はっきりとここで幕引きを図った潔さは買います。
あまりに寂しく哀しいラストに救いはありませんでした。
ローラ役のダフネ・キーンが血みどろで好演しているだけに、どこかで復活して欲しいものです。
★★★。
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