筒井清忠編「昭和史講義２ 専門研究者が見る戦争への道」ちくま新書2016
「昭和史講義１」の続編である。
第５講 血盟団事件と国家改造・革新運動の源流 長谷川雄一（日本政治外交史）
１．国家改造・革新運動の源流は1919（大正８）年前後に遡る。
雑誌「改造」発刊
北一輝「国家改造案原理大綱」、権藤成卿「皇民自治本義」執筆
社会主義思想による国家主義団体「猶存社」設立（満川亀太郎、大川周明、北一輝）
1921（大正10）年９月 安田善次郎暗殺
1931年９月 満州事変
12月 犬養内閣（政友会）、陸軍大臣（荒木貞夫 革新青年将校にが信頼していた）
1931年３月、10月 橋本欣五郎陸軍中佐が結成した桜会の軍人、民間人によるクーデター計画（未遂）
1932（昭和７）年２月７日 前蔵相（民政党内閣）・井上準之助、血盟団員によって暗殺
３月５日 三井合名・団琢磨、血盟団員によって暗殺
５月15日 政友会内閣・犬養首相暗殺、警視庁、牧野内大臣官邸、政友会本部、日本銀行、三菱銀行、東京周辺の変電所、西田税など襲撃
☆海風：結局、無政府主義者の大逆事件やソ連に従う共産党はきびしく弾圧されたが、国体に殉ずると称する国家原理主義者のテロには世論も含めて甘かったのである。理想家を見ていたのだろう。テロリストの孤独の心を詩にした石川啄木に共通する心情だったのだろう。
２．非合法の決起計画に関与したグループ
�‥喘罎之莎�から退いた西田税と菅波三郎など陸軍青年将校グループ・・・北一輝の影響
��藤井斉、古賀清志、三上卓らの海軍青年将校グループ・・・農本主義者の権藤成卿の「社稷（村落共同体）国家」、「君民共治」の思想の影響
�０羮綟�召（日蓮宗の布教師）の血盟団
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彼らは関東軍が満州事変を起こすのに呼応して、橋本欣五郎の桜会（陸軍青年将校グループ）と共に決起するつもりだったのだが、十月事件のクーデター計画が陸軍首脳部からもれて橋本中佐も拘束された。
これを契機に他のグループは陸軍頼むに足らずとして、それぞれ独立した行動を連続して実行することになった。これが、血盟団事件であり、海軍グループの5.15事件であった。
陸軍青年将校のグループは、満州事変、十月事件の後の犬養内閣で荒木中将が陸軍大臣になったことで、決起する必要が無くなったとして撤退したのである。しかし、後の岡田内閣の林陸軍大臣が、統制派の永田鉄山軍務局長の意向を受けて皇道派の真崎教育総監を解任したことで、皇道派と統制派の対立が激化し、永田は相沢中佐に暗殺され、続いて2.26事件（1936年）が起こされた。
☆海風：もともと皇道派と統制派は、長州閥など軍部の藩閥に対抗するための青年将校グループ一夕会に始まっている。それが実権を握ると対立し始めたようである。皇道派の青年将校は士官学校卒業生の隊付き士官で、統制派の方は陸軍大学校卒業のエリートだった。皇道派の方が一層過激になった理由だと思われる。統制派の方は長州閥の重しが取れて実力本位になればそれで十分だったのだから。
第６講 満州事変後の政局と政党政治の終焉 小山俊樹（日本近現代政治史）
１．1931（昭和６）年９月、満洲事変が勃発した。
これ以降、軍部の独走と相次ぐテロ事件・クーデター未遂などで、二大政党（民政党と政友会）は動揺し、翌1932年の5.15事件で犬養首相（政友会）が暗殺され、戦前の政党政治は終焉した。この時期に首相を推薦する権限は西園寺公望が持っていた。従って、西園寺が政党政治を中断した理由が重要であるが、近年の新たな資料公開で宮中の動向が明らかになってきた。
関東軍が満洲で独走し始めた時の内閣は民政党の若槻第２次内閣であった。桜会のクーデター計画（３月事件、10月事件）を知った犬養政友会総裁は大連立でなければ陸軍を抑えられないと西園寺に伝えた。同時に民政党内部でも連立をめざして政友会に接触していた。
しかし、若槻内閣の幣原外相と井上蔵相が自分たちの政策が変えられてしまうとして反対した。一方、政友会でも有力幹部が反対に回っていたことで、西園寺は連立内閣をあきらめて政友会の犬養総裁を首相に推薦した。
☆海風：確かに、井上準之助蔵相の緊縮政策は、次の犬養内閣の高橋是清蔵相によって積極財政に転換されて景気が回復した。
２．犬養首相は孫文支援以来の人脈を利用して満州事変を収束させようとした。
満洲の宗主権を国民政府に認める代わりに、満洲の地方政権による自治を認めさせようとしたのである。しかし、対中強硬派の荒木陸相、参謀本部の真崎次長（参謀本部長は皇族）、永田鉄山など中堅幕僚、内閣書記官長（今の官房長官）の森恪などに妨害・反対され不拡大方針を無視されて拡大してしまった。
☆海風：陸軍を抑えるためには大連立でなければ、という最初の方針を貫くべきだった。犬養首相の自信が甘かったのであろう。両方の政党が事変拡大派と不拡大派に分裂していた。連立内閣の政策を満洲対策に集中して不拡大派で組閣すれば陸軍を抑えられたかもしれない。
満州事変は、これ以後も、単に現地軍の暴走だったのではなく、陸軍中央の中枢に推進派がいたのである。内閣の方針は現地軍の統帥権と陸軍中央の支援によって無視されていた。無視しても予算の増額や部隊の増援に問題ないということであろう。
３．内閣では高橋蔵相が事変拡大に反対して荒木陸相と対立して、不拡大を望んでいた昭和天皇は荒木陸相をはじめ陸軍への不満を募らせていた。
5.15事件で犬養首相が暗殺された後、後継内閣の首班指名をする西園寺に昭和天皇は三つの注文を付けた。�ー鸛蠅録由聞盞蕕任△襪海函７概�の粛清は人格による。憲法を擁護して、ファッショ思想のものは避けること。
��国際平和の外交を行うこと。
��事務官と政務官の区別を厳格にすること。
これまでの政党内閣の政権交代のルールによれば、後継首相は政友会の鈴木喜三郎総裁が順当であった。しかし、昭和天皇の示した異例というべき三つの注文は、陸軍の拡大派に近く、英米との協調姿勢がなく、政友会の実力者として大量の事務官を更迭させた前歴のある鈴木総裁の排除を意味していた。ここに至って西園寺は、穏健派の退役海軍大将・斎藤実を首相に指名し、政党内閣は終わったのである。
☆海風：政権が変わるたびに、政務官は当然だが、事務官まで自党に近い者に代えていた。これが、政争の激しくなる原因の一つと考えられて、昭和天皇が改善するように求めていたのである。戦後は、各省の人事は事務次官が決めるようになったので、この弊害はなくなった。が、逆に各省の省益、局益追求の弊害が起きていて、今は次官や次官候補などの幹部職員については官房長官が調整しているようである。
第12講 天皇指名制陸相の登場 昭和14年における天皇・陸軍・新聞 筒井清忠
１．1939（昭和14）年１月に成立した平沼騏一郎内閣は、日独伊防共協定を三国同盟にしようとする板垣征四郎陸相と反対する有田八郎外相・米内光政海相らが激しく対立し、行き詰っていたところ、８月23日、独ソ不可侵条約が締結されて退陣した。
２．後継首相には、平沼と近衛枢密院議長が相談して広田弘毅を推したが、板垣陸相が近衛に阿部信行か林銑十郎にと推薦したため阿部に決まった。
陸相には三長官（板垣陸相、閑院宮参謀総長、西尾教育総監による）会議によって、当時関東軍の多田中将に決定した。ところが関東軍と東条派が猛反対であった。多田は石原莞爾とともに日中戦争の不拡大派であり、東条英機と対立していたのである。関東軍の方はトップの参謀長でなく、部下の一司令官が大臣になることが反対理由だったらしい。
一方、昭和天皇は三国同盟を主導する板垣陸相に激しい不満の念を持っていた。そして、新任の陸相には三長官の決定した多田中将ではなく畑侍従武官長か梅津にするように注文した。天皇は満州事変を起こした石原莞爾に不信の念を持っていて、石原派と目された多田に反対したのである。しかし、皮肉にも、石原と多田は日中戦争の拡大に反対していた。多田陸相は歴史のイフ（ＩF）として今も残されている。
☆海風：昭和天皇にとって満州での軍事行動は怒りの種だったようである。1928（昭和３）年の張作霖爆殺事件では、関係者を処分するとして、いつまでも躊躇している田中義一首相を叱責したことで、田中は内閣を投げ出した。その後の1931年の満州事変を主導したのは石原莞爾である。おかげで国際連盟を脱退（1933年）する羽目になった。今は、不拡大派だといっても信用できなかったのだろう。また、石原自身が陸軍内では傲慢で人望が無く、天皇に仲介する人物もいなかったと思われている。石原は一般社会では腰の低い人だったらしいが軍人たちは馬鹿扱いしていた。もし石原に人望があれば、というのも歴史のイフであろう。
☆海風：まとめ
こうして近年の研究成果をみると、昭和天皇はかなり政治に介入していたようである。しかし、各大臣が独立して簡単に内閣が倒れたり、統帥権が独立して政府が軍を制御できないなどの複雑な統治機構によって、天皇の意向がストレートに通じなかったり、逆に作用したりしていたようである。
前回、明治憲法と戦後憲法のコンテキストの違いを分析した篠田論文を紹介したが、その論旨に従うと、戦前においてはドイツ法の理念を持つ明治憲法に対するに、イギリスで英米法による統治を学んだ昭和天皇というねじれ現象が起きていたのである。
伊藤博文は首相に権力が集中して天皇を凌ぐことが無いように、各大臣が天皇に直属することとし、閣僚の不一致で内閣が倒れるようにしておいた。ということは、政治の安定のためには天皇が各大臣を調整しなければならないのだが、天皇は無答責と引き換えに大臣たちに輔弼される存在にした。
だから敗戦責任を問われることが無かったとも言えるのだが、集団心理のように敗戦に向かう各大臣、司令官たちの無謀な行動を制御できなかったことがそもそもの問題だった。天皇を輔弼できるのは筆頭の重臣一人だけにしておくべきだったのではなかろうか。そうすれば、テロ攻撃される君側の奸は重臣一人だけで、内閣は安定したかもしれない。
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