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2016年06月20日09:28

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人権321〜社会選択理論の発展と新古典派経済学への批判

●社会選択理論の発展と新古典派経済学への批判

 アダム・スミスの政治経済学の根本には、道徳哲学があった。また政治経済学は法学や政治学等を含む総合的な社会理論の一部だった。スミスの「公平な観察者」を継承するセンは、新古典派経済学の利己的な人間観を批判し、経済学と道徳哲学を再結合した。それによって、現代の主流派経済学の姿勢を正すことに貢献をした。
 センの経済学及び道徳哲学は、社会選択理論を発展させたものでもある。社会選択理論は、個人の多様な選好(preference)をもとに、社会の選好の集計方法、社会による選択ルールの決め方、社会が望ましい決定を行なう仕組みの設計方法を解明する学問である。先駆者のひとり、ニコラ・ド・コンドルセは、多数決投票において投票者一人一人の選好順序は推移的なのに、集団としての選好順序に循環が現れる状態があるという投票の逆理を発見した。このコンドルセのパラドックスの発見を受け継ぎ、1950年代に確立されたのがケネス・アローの不可能性定理である。この定理は、人々が求めるものに対して社会的決定が正当に配慮すべきいくつかの非常に緩やかな条件を同時に満たすような合理的で民主的な社会的選択の手続きは存在しないことを示すものである。その後の理論的展開で、社会的意思決定の手続きをもっと多様な情報に基づかせることによって解決し得ることがわかった。センは、この観点から、ケイパビリティの概念によって人々の暮らしに関する幅広い情報を用いることができると主張している。
 社会的選択理論と関係の深いものに、厚生経済学がある。厚生経済学は、個人が経済活動の結果として得た福利である厚生を、諸個人の所属する社会の単位で集計した社会的厚生を最大化することを目的として、必要な所得再配分について考える。新古典派経済学の一分野である。厚生経済学は、功利主義を経済学に応用したものであり、個人主義的な自由主義に基づいている。
 センは、厚生経済学が自明視していた自由主義の価値観には、多数決すなわち全員一致原理(パレート原理)と個人の自由の承認というまったく相容れない二つの原理があることを明らかにした。これを「センのリベラル・パラドックス」という。
 センは、リベラル・パラドックスの解決策として、他人の権利を考慮して他人のために行動すること、自己の権利を主張する前に、まず他人にどのような権利が与えられているかを考えることを提案した。
 新古典派経済学は、人間の行動の動機は自己の利益を追求することだとし、合理的で利己的な「エコノミック・マン」を人間像とする。センは、この精神的に貧しい人間像を「合理的な愚か者」と呼ぶ。そして、新古典派経済学は、事実を倫理的価値から切り離すために、人間の行動の動機を狭くとらえすぎていると批判する。センは、人間は、利己的な動機だけでなく、他者に対する共感やコミットメントなど、様々な動機を持って選択や決定を行っていると主張する。共感についてはアダム・スミスに関するところに書いたが、センのいうコミットメントは、他者の権利が侵害されている時、それによって自分には何の利益ももたらさず、また、たとえそれが不利益をもたらすとしても、他者の権利の侵害をやめさせるために何らかの行動を行う決心をすることを意味する。センは、他者に対する共感を持ち、社会的なコミットメントができるような人間像を提案した。それによって、経済学は、生きた人間を再発見し、社会問題や政治問題に経済倫理の視点から取り組むことが可能となった。
 センは、著書『経済学の再生〜道徳哲学への回帰』で、経済学におけるアリストテレス以来の道徳哲学的な志向、つまり人々がよく生きるために経済学はどうあるべきかを模索する姿勢を取り戻したいという思いを明らかにしている。センは、実際に人が何かをすること(doing)、または何かになること(becoming)ができる能力であるケイパビリティを、個人的福利あるいは社会的厚生を評価する際の基礎情報とするが、そうしたアプローチの根底にあるのは、経済学に道徳を回復したいという意識である。私見を述べると、経済学に道徳を回復しようとしたのは、センが初めてではない。第1部で、私は、ケインズは経済学を道徳科学と考えた、その考えはアダム・スミス以来の伝統を受け継ぐものだった、と書いた。ケインズは、富の追求はそれ自体が目的ではなく、「賢明に、快適に、裕福に」暮らす生活を実現する手段だとし、ものの豊かさの達成の上に、心の豊かさの実現を考えた。また、個人の人生や自分の世代を超えて、子孫や将来世代の発展を目指した。これは、「善い生き方」また公共善を目的とする思想である。アリストテレスやサンデルに通じる考え方である。
 センはケインズをあまり評価していないようだが、リーマン・ショック後の世界で、ケインズは再評価されている。リーマン・ショックは、新古典派経済学に基づく新自由主義による強欲資本主義の結果である。今日、強欲資本主義の反省に立って、経済的自由とその規制について考え、世界的な富の偏在、格差の是正を目指すポール・クルーグマン、ジョセフ・スティグリッツらの経済学者は、ケインズの理論の応用を図っている。彼らの試みは、人権と正義という観点から言うと、政治的な手段によって経済的な財の再配分を行って、グローバルな正義の実現を目指す動きと言える。センの思想と活動は、彼らと目指す方向は一致する。それゆえ、ケインズとセンの思想は結合し得る。結合のポイントは、自由を守り、道徳を高めることである。

 次回に続く。
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