1枚目 スカーレット・オハラ(ヴィヴィアン・リー)
2枚目 メラニー・ウィルクス(オリヴィア・デ・ハヴィランド)
3枚目 夕照のタラ農場 ラストシーン
鴻巣有季子「風と共に去りぬの謎を解く」新潮10、12、2月号 を読んだ。
著者は訳者で、新らしい翻訳の過程で気がついたことを纏めたとのことである。
2015年10月号「パンジー・ハミルトンの奇妙な消失」
12月号「聖愚者メラニー・ウィルクスの闇」
16年2月号は、アシュリー・ウィルクスがテーマだったが、これはあまりインパクトがなかった。
まず、パンジー・ハミルトンであるが、この名は主人公スカーレット・オハラに原作者マーガレット・ミッチェルが付けた最初の名前である。「パンジー」とは、ジャズ・エイジ時代(1920年代)のフラッパー(奔放な現代娘)を意味するとのことである。確かに、美貌で、頭の回転が速く、男を見極めるが、表向きはしとやかなレディーに見せかけるスカーレットのキャラクターを表している。映画では、舞踏会のためのドレスの胸を大きく開けて、男を、つまりメラニーと婚約しているアシュリー・ウィルクスを誘惑しようとするのである。
意外なことに、アシュリ―はスカーレットの誘いに乗らなかった。その失意の中で、突如、メラニーの兄チャールズ・ハミルトンと結婚することに決めてしまう。なにしろ、スカーレットにとって男とは、自由自在に操れる単純な生き物なのである。肝心のアシュリ―以外であるが。フラッパーの面目躍如という場面であった。
訳者の鴻巣の発見は、この小説の主人公は、一般的に理解されているようなスカーレットではなく、メラニー・ハミルトンだというものである。
そう言われれば、南部アトランタの貴族社会を象徴するレディーは、見せかけの淑女スカーレットではなく、正真正銘の淑女メラニ―に違いない。つまり、風と共に去ったのはメラニーだったのであり、スカーレットは生き延びたのである。
ただし、訳者によれば、メラニーは単なるレディーではなく、自身の意志を持っていたのである。
チャールズの戦死後、タラ農場で、悲しみにくれている(と思いこんでいるのである)スカーレットをアトランタへ呼び寄せて、励まし勇気づけようとしたこと。
戦争がアトランタへ近づいてくると、一緒にタラ農場へ避難した。そこへ、軍を離れた一人の北軍兵が略奪品を物色するためにやって来る。スカーレットが撃ち殺すのだが、茫然としている彼女をしり目に、メラニーは、直ちに死体を引きずり出して穴を掘って埋めてしまう。
アトランタ社交界で評判の悪いレット・バトラーとスカーレットを強く擁護する。
アシュリ―の妹インディアがスカーレットを非難すると、そういうことならこの家に居てもらわなくてよいと言い放つ。
インディアは私は義妹なのに追い出すのかと抗議すると、スカーレットも義姉だからと反論する。チャールズは死んでいてスカーレットは、材木業者のケネディーと、彼の死後バトラー船長と結婚して、とっくにハミルトンではなくなっているのだが、メラニーは終生大事な義姉として遇したのである。
アシュリ―とスカーレットの仲を疑う噂が聞こえてきても、一切取り合わなかった。その噂を振りまいている夫人に対しては、「そのデマを広げられると思わないでいただきたい」と申し渡す。
訳者が「聖愚者」と呼ぶゆえんである。
なお、大事なことが残っていた。訳者の言うには、スカーレットは赤ならメラニーは黒。原作者は二人を対比するとともに、切っても切れない関係で結びつけていると言う。もちろん、その関係を強化しているのはメラニーの方であって、最初からメラニーを問題にしていないと言うか、アシュリ―を奪い取るためにだけ近づいたスカーレットではなかった。
しかし、これは映画の方で印象が強かったのだが、メラニーの死に打ちのめされたスカーレットは、やっとメラニーの存在の重さに覚醒したのである。メラニー居てこそのスカーレットだったと自覚したのである。
ところで、「赤と黒」といえば、スタンダール。当然、ミッチェルもそれを意識していたはずである。スタンダールの場合、題名の意味するところは諸説あるらしいが、通常は「赤は軍服、黒は僧服」とされ、野心家の秀才だが、貧しいジュリアンの出世の道を指示しているとされている。
ただし、結局、ジュリアンはどちらの道でもなく、侯爵令嬢マチルダと結婚することで道を開こうとした。
で思うに、訳者の鴻巣の「風と共に」への意見に従えば、切っても切れない二人の主人公を示しているのかもしれない。つまり、黒はレナール夫人、赤はジュリアンか。ジュリアンがパリへ去った後は、レナール夫人は「黒」だったが、一緒にいた間は「赤」だったのか。
「風と共に」の表舞台で活躍するのはもちろんスカーレットで、読むほうも、メラニーのことは忘れてしまっていて、時々表に浮上するたびに虚をつかれるだけだった。しかし、通奏低音としてストーリーの展開を支配していたのである。もちろん、メラニー死後のスカーレットの激変で、何事かと思ったのだが。
ということで、メラニーは去ったのでなく、その魂をスカーレットが受け継いだのだと思える。アトランタではなく、タラ農場。そこはもう一人のレディーであった母エレンの居た場所なのである。
だいたいミッチェルは、多分フラッパーと思われていたのであろう、アトランタ社交界のつまはじき者だった。彼女の母も女性への選挙権獲得運動家で、伝統的な貴族社会になじむ人ではなかった。
新しい南部は大地から生まれると信じていたに違いない。
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