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2016年03月12日09:49

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イスラーム28〜イスラーム文明は「移行期の危機」にある

●イスラーム文明は「移行期の危機」にある

 イスラーム教徒は、人口増加の著しいアジア、アフリカに多く存在する。各国の年齢構成は若年層が多く、彼らの失業・社会格差・物価高・行動規制等への不満が政治運動という形で噴出しているとみられる。
 イスラーム文明の現在と将来を考える時、世界的に著名な家族人類学者・人口学者・歴史学者、エマニュエル・トッドの所論は欠かせない。トッドについては、拙稿「家族・国家・人口と人類の将来」及び「トッドの移民論と日本の移民問題」に書いた。
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion09h.htm
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion09i.htm
 トッドによると、イスラーム教諸国で起こった「アラブの春」は、かつてヨーロッパ諸国で起こった近代化の過程における危機と同じ現象である。すなわち、17世紀のイギリス、18世紀のフランス、20世紀のロシア等と同じようなパターンが、今日イスラーム教諸国で繰り返されている。トッドは、この危機を「移行期の危機」と呼ぶ。伝統的な社会から、近代化する社会への移行期に伴うものである。
 トッドは、近代化の主な指標として識字化と出生調節の普及を挙げる。識字化とは、読み書き計算ができるようになることをいう。出生率とは、女性が一生の間に産む子供の数の平均である。出生率の低下は、主に女性が出生調節をすることによって起こる。そして識字化と出生調節の普及という二つの要素から、イスラーム教諸国では近代化が進みつつある、とトッドはとらえる。
 識字化について、トッドは、次のように言う。「多くのイスラーム教国が大規模な移行を敢行しつつある。読み書きを知らない世界の平穏な心性的慣習生活から抜け出して、全世界的な識字化によって定義されるもう一つの安定した世界の方へと歩んでいるのである」と。
 出生調節については、次のように言う。「識字化によって個人としての自覚に至った女性は出生調節を行なうようになる。その結果、イスラーム圏でも出生率の低下が進行し、それはアラブ的大家族を実質的に掘り崩す」と。
 こうした識字率の向上と出生率の低下に伴って起こっているのが、1979年(昭和54年)のイランのイスラーム革命であり、また2011年(平成23年)の「アラブの春」だ、とトッドは見る。
 社会の近代化において、識字率が50%を超える時点がキーポイントである。識字率が50%を超えると、その社会は近代的社会への移行期に入り、「移行期の危機」を経験する。50%超えは、ほとんどの社会で、まず男性で起こり、次に女性で起こる。男性の識字率が50%を超えると、政治的変動が起こる。女性の識字率が50%を超えると、出生調節が普及し、出生率の低下が起こる。1970年代のイランは、トッドの言うような50%超えの段階にあった。そして、「アラブの春」はそうした段階に至った北アフリカ・中東諸国で起こった社会現象である。
 イスラーム教諸国では、近年出生率の低下が顕著である。イスラーム教の中心地域であるアラブ諸国では、出生率の低下が伝統的な家族制度を実質的に掘り崩しつつある。また、男性の識字化は父親の権威を低下させる。女性の識字化は、男女間の伝統的関係、夫の妻に対する権威を揺るがす。識字化によって、父親の権威と夫の権威という二つの権威が失墜する。
 トッドは、次のように言う。「この二つの権威失墜は、二つ組み合わさるか否かにかかわらず、社会の全般的な当惑を引き起こし、大抵の場合、政治的権威の過渡的崩壊を引き起こす。そしてそれは多くの人間の死をもたらすことにもなり得るのである。別の言い方をすると、識字化と出生調節の時代は、大抵の場合、革命の時代でもある、ということになる」。トッドによれば、識字化はデモクラシーの条件である。識字化によって、イスラーム教諸国もデモクラシーの発達の道をたどっている、とトッドは指摘する。
 ただし、チュニジア、エジプト、リビア等の国々が今回の政変で民主化に向かうかどうかは、まだ定かでない。
 チュニジアでは、2014年(平成26年)1月制憲議会が新憲法案を賛成多数で承認し、マルズーキ大統領のもと、立憲政治が行われている。エジプトでは、政変後選挙で選ばれたモルシーを大統領とする政権が、2013年7月7月、軍部によるクーデタに覆された。リビアでは多数の武装勢力が対立し、政府が統治のできない内戦状態が続いている。そのため、多数の難民が発生し、欧州等に流入している。
 これまで北アフリカ・中東のイスラーム圏で、独自にデモクラシーを実現した国は、存在しない。アメリカが侵攻し強権的に民主化したイラクでも、デモクラシーが発展するかどうか、確かな結果は出ていない。トッドが指摘するように識字化の向上と出生率の低下に伴って、長期的にはイスラーム教諸国が民主化の方向に動きつつあると見ることはできるが、現状においては民主化に対する反発も強く、伝統的な心性を持つイスラーム教徒が抵抗したり、過激組織によるテロが横行したりして混乱が拡大している。それが高じれば、無秩序へと進む可能性もある。

 次回に続く。
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