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2013年02月12日11:13

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ファンタジーの往還(21)  心理療法からの解釈(1)

 河合隼雄の著作を読んだのはいつだったのか、一時期、心理療法の本ばかり読んでいたことがあった。岩波新書の島崎俊樹も同時期だったと思う。今、また読もうと考えたのは、村上春樹の対談相手になっていたからで、そこから逆に、対談相手の小説家である吉本ばななや小川洋子、それに佐野洋子や梨木香歩などを辿りだしたのである。これらの作家はファンタジー作家なのではないか、というのが私の仮説である。特に、最初は理解しがたかった村上春樹が、その目で見れば分かってきたのである。
 ということで、児童文学のみならず、純文学の範疇にも、いわばファンタジー派が存在しているに違いなく、その理論的指導者は河合隼雄だったに違いないのである。

 河合隼雄「昔話と日本人の心」岩波書店1982、「神話と日本人の心」同2003、「ファンタジーを読む」講談社+α文庫1996(単行本1991)から入ってゆくことにする。ユング派心理療法家の目で分析されている昔話、神話に欧米のファンタジーの多くを知っているので取りつきやすいからである。

 心理療法家が昔話をなぜ分析するのか? 精神を病んでカウンセリングにくる人々の打ち明け話や悩みには、通常の理解の及ばないことが多くある。その原因は、フロイトが明らかにしたように、患者自身にも分からない深層意識の動きにあるに違いない。一方、昔話や神話の論理には、その深層意識の論理を反映しているものがある。表層の社会道徳や規範にしばられないものとして語り継がれてきたと考えられるからである。ただし、神話の場合は支配者の利害が反映されるので、そのまま受け取れないものもある。
 フロイトは、虐待されていたわけでもないのに、子が親を憎むという論理的にはあり得ないし、儒教社会のみならず、一般の社会道徳の基本を破壊しかねない心理を、ギリシャ神話をつかってエディプス・コンプレックスやエレクトラ・コンプレックスとして提示したのである。
 
 もとより、昔話や神話の深層意識を分析するのは容易なことではないし、人によっても違うだろうから、なかなか定説化するのは難しいと思われる。そこで、河合の説を紹介すると言うのでなく、触発される形で自分流の解釈をしようと思う。

 日本神話で一番気になるのは、イザナミが死んだ後で、イザナギが取り戻そうとして冥界を訪ねたが、死んだ姿を見ないという約束を破って振り返ったために、イザナミが帰れなくなくなり、これからは人間たちを殺してゆくと宣言し、対して、イザナギがそれ以上の人間を産むと切り返した物語である。
 ここでは、この世のすべての母であるイザナミが死神になってしまっているのだ。このままではありえないことのように思われる。河合はグレート・マザーの暗い半面というが、それだけでは納得できない。心理に与える衝撃が大きすぎる。さっきまで優しい母と思っていたのが、イザナギが約束を破ったからと言って、子どもたちのすべてを無きものにしようとするだろうか。
 
 この解釈のために、大地母神の存在意義を中間にはさんではどうだろうか。大地母神は地に生えるものすべてを生み出す神であり、当然ながら動物や人間を生かす神である。人間が死者を土に埋めるのも、大地母神のもとに帰すことによって、魂の再生を図るためであった。すべての死んで枯れた植物は春になれば再び再生する。原始の人たちはそれを毎年待っているわけで、植物だけではなく人や動物の魂も再生すると信じることは自然な類推であろう。
 つまり、大地母神は死者を迎え再生させる力を持つと信じられたのである。イザナギとイザナミの神話は、生の世界と死の世界がなぜできたのか、そこを誰が守っているのかを解き明かしたものだと考えられる。

 それにしても、イザナミの恐ろしい姿はどうなのか。結局のところ、神話は時の権力者が文章化したものであって、男を中心とした社会に持ってゆくために、この世をイザナギのものとし、イザナミを汚れたものと落としめたのではなかろうか。代りに生死に関係ない太陽神アマテラスを持ってきたに違いない。
 エジプト神話では冥界の王は夫のオシリスで、妻で大地母神イシスが死者の国の王として再生させたのであった。女系相続の古代エジプト(ファラオ位も女系で相続。現実のファラオには相続人である王女の夫が就任する)はそれでよかったのだろうが、男系相続になった日本ではそれでは整合性が取れないと思ったのだろう。

 この項が長くなったのでそろそろ閉じることにする。イザナギとイザナミの神話は、この世とあの世の誕生の物語であった。死はいつの世でも恐ろしいが、その時は大地母神であるイザナミが迎えて、また再生させてくれる。むろん、河合がいうように、死とその汚れをもたらすイザナミには恐ろしい半面がある。しかし、再生の時、春は必ずやってくるのである。

  
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