mixiユーザー(id:34218852)

2012年09月20日11:23

267 view

ファンタジーの往還(9)  幸福の書き方

 清水真砂子「新装版 幸福の書き方」洋泉社1995(初版1992)は、児童文学とは何かを論じた六つの講演集からなる。そこでの中心はどのように幸福を描けばよいのか、ということである。
 著者は1941年生で、児童文学の翻訳者、研究者で、青山学院短期大学教授である。

 いかにして幸福になるのか、この課題が児童文学の中心課題であると確信したのは、M(宮崎勉)の幼女殺人事件の時、曽野綾子が「いまだ人の世の幸福を知らず」とコメントしたこと。優等生であった知人の青年が原因の分からない自殺をした時、青年の家庭をよく知る人が、生まれて始めて自分で決めたのだ、と評価したこと。
 常々疑問であったのは、トルストイ「アンナ・カレーニナ」の冒頭の、「幸福な家庭はどこも同じだけれど、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」との有名な格言である。幸福は一つではないのでないか?
 その疑問から、大人の文学は不幸を主題とする。残された幸福を主題とするのが、そして、時と所、環境に応じた幸せを物語るのが児童文学の役割ではないかと、思い至ったとのことである。

 三島由紀夫「午後の曳航」の登場人物はほとんど少年であるが、児童文学ではない。さらに著者は、「ピーター・パン」も「星の王子様」にも疑問符をつける。・・・確かに、「午後の曳航」の母の再婚相手殺害の動機は抽象的であったし、エディプス・コンプレックスそのもの、イデオロギーの物語化にすぎないものであろう。
 「星の王子様」の社会批判も子供にはよく分からないかもしれない。私の場合、ラジオドラマで聴いたと思うが、狐が友達になるには何日も、何週間も巣穴のところに来てくれて、気持ちがあうことが分からなければならない、と言ったことが印象に残っている。・・・会えばすぐ友達になれるのでないのか、と思っていたからである。

 ケネス・グレアム「たのしい川辺」はモグラやネズミの幸せを描いた。銀行マンだった著者が息子のために、自身の子供時代の幸せを小動物を借りて語って聞かせたものである。
 映画の「旅芸人の記録」、「ベルリン天使の詩」や「八月の鯨」などもそうだ。・・・私はどれも見ていない。
 それに、宮沢賢治「狼森と笊森、盗森」はその面での傑作である、と評価できるとのことである。

 幸せはそれだけを描くことでは印象に残らない。悲しみを内在させた形で、というか、そうならざるをえなかったのだろうが、フィリッパ・ピアス「まぼろしの子犬」、「トムは真夜中の庭で」、「サティン・ショワへの道」などはその方面での代表作である。・・・確かに、何不自由ない子供にも悲しみはある。さきの「午後の曳航」の少年も母をとられたくなかったのだが、そこに妙な理屈をつけたところが子供らしくない、というか三島の恐るべき子供だったのだろう。
 まして、いじめや虐待はなおさらである。古くは「にんじん」があったが、カニグズバーグ「魔女ジェニファーと私」もしかとされている女の子たちの物語であった。

 ヴァルター・ベンヤミンが「ストーリー・テラー」というエッセイで、小説は生きることに意味があるかないか、物語は意味があることを大前提として書かれるもの、と述べていることに著者も賛成している。・・・もっとも古い物語の場合、その意味などに最初から疑問を持っていない。
 したがって、児童文学は物語のカテゴリーに入るのだろうが、生きる意味があるかないかについては、物語の中ではっきりさせなければならないだろうと思われる。

 吉本隆明・芹沢俊介「対幻想」春秋社では、家族とは愛の直接性を根幹とするものとの提言に賛成している。つまり、社会的役割・地位やたてまえを脱いだ、生の人間としての関係だと言うのである。たとえば、家でこんなことがった、子供が不良になったなどが分かれば会社での地位が危うくなる、などと言ってはならないということである。・・・言いそうだが。
 しかし、児童文学で家族の愛の直接性を描いたものはなかなかないとのことである。イデオロギーの衣を着てしまうらしい。松谷みよ子「モモちゃんとアカネちゃん」、石井桃子「迷子の天使」、神沢利子「いないいないばあや」などが代表作で、灰谷健次郎やいぬいとみこのものは価値観や評価軸が外にあるので評価できないとのことである。

 蜂谷慶は(教育学者らしい)、「学校教育の目的は子供の世俗化にある」と言いきったとのことで、著者は賛意を表している。そこで、後の半分、(自然化)をどこが受け持つのかが問題だと言う。著者はそれが児童文学だといいたいのであろう。
 確かに、子供は自然児、早い話動物として生まれるわけで、学校教育によって社会人、つまり世俗化させねばならない。しかし、生きようとする力の根源。動物としての生存本能の活性化。これは家庭での直接性の役割だろうが、今の世の中では、児童文学が補わなければならないに違いない。 

2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2012年09月>
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30