※以下には、映画『シン・ゴジラ』のネタバレを含んでいます。映画を未見の方はご注意ください。
怪獣映画には、”最初に異変に気付く人”がいるというのが鉄則です。
『放射能X』(1954)で砂漠をさまよう少女とそれを発見する主人公、『冷凍巨獣の惨殺』(1961)で地中のボーリングから肉片を見つける作業員…などがそれです。
『シン・ゴジラ』では、なんと故・岡本喜八監督がその人を”演じて”います。
岡本喜八監督といえば、庵野監督がこよなく愛する映画監督。ゴジラ映画ではおなじみの東宝映画を代表する監督でもあります。
1.演出とオマージュ
『シン・ゴジラ』のオープニングは、往年の昔なつかしい旧東宝ロゴマークから始まり、続いて”シン・ゴジラ”のシンプルなタイトルとあの咆哮、そして映倫マークで幕を開けます。庵野監督らしいオープニングです。
さすがに市川崑監督風の極太明朝ロゴはタイトルには登場しませんが、全編を通し、ゴジラ映画愛にあふれたファン泣かせの作品に仕上がっています。
音楽を手掛けた鷺巣詩郎は、言わずと知れた「新世紀エヴァンゲリオン」の作曲家ですが、肝心のシーンでは伊福部昭の名曲の数々がモノラル音源のまま使用され、その世界観を壊さない形でオリジナル曲が挿入されるという、非常に器用な離れ業をやっています。
エンド・クレジットでも、伊福部昭の”ゴジラのテーマ””怪獣大戦争マーチ”がメドレーで使用されるという、これまたファン泣かせの演出が施されています。
2.俳優陣
これでもかと言うほど投入された俳優陣も豪華でしたが、往年の東宝映画ゆかりの人があまりいないのは残念でした。一見すると頼もしく見えるのに意外と無能な大河内総理=大杉蓮と、彼の死後に繰り上げ当選してしまう、無能に見えて実はキレ者という里見総理(平泉成)の対比は面白いです。
3.特撮
ギャレス・エドワーズ版『GODZILLA ゴジラ』(2014)の公開でハードルが上がったと思っていた和製特撮、そのレベルは格段に進化しています。もはやミニチュア・ワークスは芸術の域に達し、CGとの境界線は限りなく自然に溶け込み、驚異的です。作品的には大いに批判された実写版『進撃の巨人』でも、実写とCGとの融合は見事なものでしたが、『シン・ゴジラ』の特撮は、それをも凌駕しています。CGは見事でも見せ方に不満があったエドワーズ版よりも、わたしは、圧倒的に『シン・ゴジラ』を支持します。
4.ゴジラ方法論
ゴジラが東京を蹂躙する目的は作品によってそれぞれでした。
金子修介版『大怪獣総攻撃』(2001)では、太平洋戦争で死んだ英霊たちの残留思念がゴジラを突き動かしているという、それまでにない解釈がなされていました。
『シン・ゴジラ』では、ゴジラ上陸の目的は明らかにされません。不条理で純粋な恐怖の巨大な象徴として、ゴジラは描かれています。それによって、日本の体制や政治が抱える様々な矛盾が赤裸々になるのが斬新でした。
なぜ、いまゴジラなのか?という最大の疑問に、この映画は解答を導いています。
そしてそれ以上に、TVの延長ではない純粋な実写娯楽映画が作り出せなくなってしまった日本映画界に、風穴を開けてくれる映画ができたことを誇りに思います。
冒頭、「東宝映画作品」という巨大なクレジットが出るオープニングが、製作側の誇りをも象徴しているようでした。
しつこいようですが★★★★★、見事な作品です。
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