◆ヴァルナ間の関係
カースト制における身分は世襲である。現在の身分は、輪廻転生してきた過去世における生の結果とされる。出生後に身分を変えることはできない。ただし、現世の人生における行為によっては、来世やさらに次の世などにおいて、上の身分に上がることができるという。ヴェーダの宗教は、このようにカースト制の身分構成を輪廻やカルマンの思想に結びつけた。歴史的に形成された身分制度を、宇宙の法則による宿命としたわけである。ヒンドゥー教徒は、バラモンの説く輪廻やカルマンの思想を学び、それに従う。そのため、カースト制は人々の心を支配する、非常に根深く、頑固な制度となっている。
『マヌ法典』では、４つのヴァルナのそれぞれに義務を与えている。特にその身分にとって本質的な義務は、バラモンはヴェーダの教授、王族・戦士は人民の保護、庶民は生産労働、隷民は上位の三身分への奉仕とされている。
ヴァルナ制は、基本的に古代から固定された身分制度である。だが、ヴァイシャやシュードラのような中下層の身分の内部では、ある程度の流動性がある。都市経済の発達によってヴァイシャの職業の中心は商業に移り、農牧業・手工業等の肉体労働はシュードラが担うようになった。すると、今度は、シュードラが、もともとヴァイシャの役割だった職業に就いた者と、賤業を行う者に二分化した。ここで賤業とは、ヒンドゥー教の浄・不浄観から穢れが多いとされる死、血、排泄物等に関わる職業をいう。たとえば、動物の屠殺や皮革加工、清掃、洗濯等を担う仕事である。
◆不可触賤民
４つのヴァルナによる身分制度が出来上がった後、その下に最下層となる集団が形成された。シュードラの中で賤業を担う集団は、ヴァルナ制の外に押し出されたためである。彼らは、チャンダーラとかパンチャマとか呼ばれる。この最下層集団には、狩猟採集生活の山岳部族や、禁じられた身分間の結婚によって集団から追放された者なども含まれる。最下層集団は、上位のヴァルナから「アチュート（触れるのも汚らわしい）」とされた。英語では untouchableと呼び、わが国では不可触賤民と訳される。
シュードラの下に最下層が形成されたことによって、シュードラへの差別は緩和された。シュードラがヴァイシャに近い身分として遇されることになると、不可触賤民への差別はかえって強くなり、差別の構造が強固になった。不可触賤民は人間とはみなされず、犬や豚と同類とされている。「第５のヴァルナ」「ヴァルナを持たない者」「アウト・カースト」などと呼ばれる。
◆カースト制と穢れの観念
カースト制には宗教的な輪廻やカルマンの思想が結びついているが、そこにさらに穢れの観念が加わっている。
カースト制の規則の大部分は、浄・不浄の価値観から生じる差別意識に基づいている。ヴァルナの身分的な上下関係は、穢れの濃淡に対応すると考えられている。特に第５のヴァルナである不可触賤民は、最も穢れた集団とされ、蔑視・虐待・迫害の対象となっている。今日のインドには、不可触賎民が約１億人いるとされる。彼らは自らをダリットと呼ぶ。ダリットは、「破壊された人々」を意味する。
カースト制による差別は、１９５０年にインド共和国憲法で禁止された。現在の憲法は、宗教、種族、カースト制、性、誕生地に基づく差別を禁止し、国民に平等の権利を保証している。今日、都市部では、カースト制は消失しつつあるという。だが、ヴァルナとジャーティによる差別は、農村地帯を中心になお根強く残っている。これに対し、近年、被差別集団であるダリットの人権を求める運動が高まりつつあるという。
身分制度と穢れの観念の結びつきは、世界の他の地域にも見られるもので、わが国にも存在する。わが国には、中世以前から穢多（えた）という蔑称で呼ばれる集団があり、江戸時代には士農工商の４つの身分の下の最下層を成していた。穢多の起源には、古代の被征服民族、皮革加工等に従事する集団、逃亡農民等の説がある。神道・仏教における穢れの観念によって「穢れが多い者」とされ、「穢れの多い仕事」を生業とされたものだろう。被差別部落民の歴史的な起源の一つとなっており、インドにおける不可触賤民との類似点がある。
次回に続く。
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