mixiユーザー(id:525191)

2016年06月18日08:50

1440 view

人権320〜スミスの「公平な観察者」とセンの開放的不偏性

●スミスの「公平な観察者」とセンの開放的不偏性

 ロールズは、「原初状態」において社会のすべての構成員が全員一致で受け入れることのできる社会契約を想定した。その際、「無知のヴェール」により、その社会における多様な個人の既得権益や個人的見解の影響を取り除こうとした。だが、センはこの方法には欠陥があるという。『正義のアイデア』で、センは次のように指摘する。
 「ロールズの形式の社会契約の利用は、正義の追求における参加者を、特定の政治形態の構成員、すなわち、国民に不可避的に限定する」と。
 ロールズの推論は、その特定の社会以外の人々を排除している。そのため、必ずしも偏りのない、公平な判断がされるとは限らない。判断における不偏性を追求するには、他の社会の人々の判断も取り入れられるようにする必要がある。閉鎖的な不偏性ではなく、開放的な不偏性を追求すべきである、というのがセンの主張である。
センは、特にグローバル化した現代では、ある国における決定が他の国における生活に深刻な影響を与えることがあることを強調する。また、ある国に特有の信念はグローバルな精査を受けるべきであることを主張する。
 ここでセンが注目するのが、アダム・スミスが『道徳感情論』で説いた「公平な観察者」という考え方である。スミスは、『国富論』によって古典派経済学の創始者とされるが、同時に『道徳感情論』を著した道徳哲学者でもあった。スミスによれば、人間には、他人の感情を心の中に写し取り、それと同じ感情を自分の中に起こそうとする共感の能力がある。人間は、この能力によって、自他の双方の利益に中立な「公平な観察者(impartial inspector)」を心の中に作り上げる。この第三者の立場に立って、行為が適切かどうか、適合性(propriety)を判断する。スミスは、そこに道徳の根本を見出した。スミスは、個人の利己的な行動は、「公平な観察者」の共感が得られなければ、社会的に正当であるとは判断されない、個人は「公平な観察者」の共感が得られる程度まで自己の行動や感情を抑制せざるを得ない、との旨を説いた。「公平な観察者」は正邪善悪を厳しく判断する。スミスは「胸中の法廷」「神の代理人」という言い方もしている。
 センは、『正義のアイデア』で、スミスの基本的なアイデアは『道徳感情論』で要件として簡潔に述べられているとして、次のように書いている。「自分自身の行動を判断するとき、『公平な観察者ならそうするだろうと思われる方法で吟味せよ』、あるいは同書の改訂版で書き直されているように『どのような他の公平で不偏的な観察者もそうするだろうと思われる方法で自分自身の行動を吟味せよ』ということである」と。私見を述べると、スミスの「公平な観察者」という考え方は、共感の能力に基づくものであり、キリスト教の神の教えを絶対的な規範とするものではない。また理性を道徳的能力の根源とするものでもない。相手の身になって考え、相手の感情を思いやるという、どのような文化・社会でも見られる、共感という心の働きから、道徳を考えるものである。 
 「公平な観察者」は、共感の能力を基礎として発達した理性と良心に基づいて物事の判断規準を示すものと考えられる。私は、文明や文化の違いを超えて「発達する人間的な権利」を基礎づけようとする際、種としての人類に共通する共感の能力に注目すべきと考える。それゆえ、センがスミスの「公平な観察者」に注目し、現代世界に必要な考え方であることを強調していることを高く評価する。
 ところで、センは、カントとスミスの間には影響関係があるという見方をしている。「現代の道徳哲学及び政治哲学で不偏性が強調されるようになったのは、カントの強い影響によるところが大きい。スミスがこのアイデアについて論じていたことはそれほど記憶されていないが、カントとスミスの間には本質的な共通点が存在する」「カントも『道徳感情論』(1759年初版)を知っており、1771年に弟子のマルクス・ヘルツに宛てた手紙にそのことを書いている。(略)これはカントの
 「公平な観察者」の概念によって、スミス自身がどこまでグローバルな判断を追求していたかは別として、センは「公平な観察者」を、文明間や異文化間、先進国や発展途上国の間等において不正義を取り除くために不可欠なものとする。
 センは、「遠くからの判断は、地方あるいは国内の偏狭主義に囚われるのを避けるために考慮し精査すべき重要なものである」「これはスミスが『人類の他の人びとの目に』どう映っているかを考慮することを主張した理由である」と述べている。
 古典的著作『人倫の形而上学の基礎づけ』(1785年)と『実践理性批判』(1788年)よりも早く、当時、カントはスミスの影響を受けていたと考えられる」とセンは書いている。興味深い指摘である。

 次回に続く。

2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する