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2014年11月08日08:52

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人権121〜エスニック・グループと文化・政治

●エスニック・グループと文化及び政治の問題

 家族・氏族・部族・結社・団体等は、おおまかにエスニック・グループと区別される。だが、これらの集団がエスニックな要素を持っていないということではない。思想的な結社でも政党でも宗派的な信仰団体でも職能団体でも、多くの集団は、何らかのエスニックな要素を持っている。
 近代国家の政府もそうである。リベラリズムは、政府が文化的に中立であることを一つの原理としているが、実際には、支配者集団と被支配者集団の間でエスニックな特徴が異なっていたり、他国とはエスニックな特徴が異なっていたりして、文化中立的ではあり得ない。無色透明ではなく、エスニックな特色を持っている。その特色は、言語、制度、習慣、価値観等に現れる。その国家の形成や統治の仕方に、中心的な役割を担うエスニック・グループの特色が自ずと表れているものである。
 エスニック・グループを文化的な共同体とし、これを政治的な共同体と区別する考え方がある。アンソニー・スミスはこの考え方を取り、「文化的なエスニック共同体」が近代において「文化的かつ政治的なネイションへと変容した」とする。だが、どのような集団にも集団的な意思決定のための仕組みがあり、構成員の意思や能力の合成を行う制度や慣習がある。人民の意思と能力を結集し、権力を形成して、これを行使することは、政治的な行為である。集団は、自衛のための実力組織を作って、時に実力を行使する。
 それゆえ、エスニック・グループを単に文化的な共同体と見るのは間違いである。むしろ、単に文化的ではなく政治的でもあるから、自らの集団による政府の樹立を目指すことができる。もともと政治的共同体でもあるからこそ、近代主権国家による国際社会において、主権を持つ国家の建設を目指し得る、と私は考える。
 エスニック・グループは、政治的側面において、必ずしも一枚岩とは限らない。多くの場合、その中に思想や利害によって分かれる党派集団が存在する。革命運動の場合は、急進派、穏健派、反対派、独立運動の場合は賛成派、中間派、反対派等である。エスニック・グループが政治権力の獲得や拡大を目指す場合、それらの党派集団の間で意思形成が図られる。それは、しばしば実力による闘争に至る。この過程は、政治的なものである。意思形成の過程は、権力の動態だからである。
 また、党派集団が政治権力を得て、政府を樹立し、国家を建設することがある。典型的なのは、フランス革命におけるジャコバン派である。支配者集団が使用する言語や政治文化が、権力の行使によって、国民に共有されていく。そして、党派集団が政治権力を得て、国家を建設する時、自ずとその集団の持つエスニックな要素が、政治や社会、文化に反映される。
 エスニック・グループ内の党派集団が、同時に国境を超えた国際的な政治集団となることもあり得る。例えば、18世紀におけるフリーメイソンや19世紀以降の国際共産主義者の集団がそうである。これらの集団にもまたエスニックな要素が認められる。普遍的な思想と見られる思想にも、それが発達した文明や地域の文化が表れる。
 エスニック・グループは、文化的かつ政治的であるがゆえに、固定的なものではない。言語的にも文化的にも社会的にも変化する。他のエスニック・グループを包摂して拡大したり、逆に包摂されて同化したりする。多くの場合、政治権力を持つ優位の集団が、劣位の集団を包摂して同化させる。これに対する抵抗や反発も起こり得る。それが高じれば、自治や独立を求める運動となる。他のエスニック・グループや他の国家に征服・支配された場合、統治されるエスニック・グループは、統治者集団の言語・文化・宗教等を強制されることがある。固有の言語を忘れ、民族の神話や歴史的記憶を奪われた集団は、自らの特徴を失い、統治者集団に同化していく。その先にあるのは、エスニック・グループの消滅である。逆に、統治されるエスニック・グループが優れた文化を持っている場合、統治する集団がその文化を摂取するうちに、被統治者の文化に飲み込まれていくこともある。エスニック・グループは、他の集団との相互関係・相互作用の中で、言語的にも文化的にも社会的にも変化する。

 次回に続く。
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