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2014年08月25日10:23

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現代世界史27〜アラブの春

●「アラブの春」は長期的な変動の現れ

 米中が世界的な規模で覇権を争う形勢において、世界の各地での民主化を求める民衆運動と、国家による武力を用いた現状変更の動きが、状況に複雑さを加えている。そうした動きのうち、北アフリカ・中東における「アラブの春」と、ロシアによるクリミア併合が長期的に見て、特に重要なものだろう。
 2011(平成23年)1月14日、北アフリカのチュニジアで、23年間独裁体制を続けたベンアリ大統領が辞任に追い込まれ、国外に逃亡した。「ジャスミン革命」と呼ばれる。民衆の運動にはツイッターやユーチューブ、フェイスブックといったネットメディアが大きな役割を果たした。チュニジアでの民衆運動の成功はエジプトに飛び火し、2月11日、わずか18日間で30年間近く続いたムバラク大統領が辞任した。リビアではカダフィ大統領が民衆の運動を弾圧しようとしたが、軍の一部が反乱を起こし、内戦が勃発した。同年10月カダフィが射殺され、42年間続いたカダフィ政権は崩壊した。他にもバーレーン、イエメン、イラク、サウジアラビア等でデモが起こり、アラブ諸国が大きく揺れた。これを「アラブの春」という。
 イスラム圏において、これほど多くの国で政治体制に対する民衆の反対運動が起こったのは、初めてのことだった。各国で事情は異なるが、共通しているのは長年続く独裁体制に反発した民衆が、独裁者の退陣を要求した点である。アラブ社会に巨大な地殻変動が起こりつつある。
 イスラムの信者数は11億人といわれ、世界人口の約6分の1を占める。世界の主要な既成宗教のうち、現在最も信者が増えているのは、イスラムである。イスラム教徒(ムスリム)は、人口増加の著しいアジア、アフリカに多く存在する。各国の年齢構成は若年層が多く、失業・社会格差・物価高・行動規制等への若年層・知識層の不満が政治運動という形で噴出していると見られる。
 トッドは、近代化の主な指標として識字化と出生調節の普及を挙げる。そして識字化と出生調節の普及という二つの要素から、イスラム諸国では近代化が進みつつあるととらえる。
 識字化について、トッドは、次のように言う。「多くのイスラム国が大規模な移行を敢行しつつある。読み書きを知らない世界の平穏な心性的慣習生活から抜け出して、全世界的な識字化によって定義されるもう一つの安定した世界の方へと歩んでいるのである」と。
 出生調節については、次のように言う。「識字化によって個人としての自覚に至った女性は出生調節を行なうようになる。その結果、イスラム圏でも出生率の低下が進行し、それはアラブ的大家族を実質的に掘り崩す」と。
 トッドによると、イスラム諸国において現在起こっていることは、かつてヨーロッパ諸国で起こった近代化の過程における危機と同じ現象である。すなわち、17世紀のイギリス、18世紀のフランス、20世紀のロシアなどと同じようなパターンが、今日イスラム諸国で繰り返されている。トッドは、この危機を「移行期の危機」と呼ぶ。そしてイスラム諸国は、この人口学的な危機を乗り越えれば、近代化の進行によって、個人の意識やデモクラシーが発達し、やがて安定した社会になると予想する。
 社会の近代化において、識字率が50%を超える時点がキーポイントである。識字率が50%を超えると、その社会は近代的社会への移行期に入り、「移行期の危機」を経験する。50%超えは、ほとんどの社会で、まず男性で起こり、次に女性で起こる。男性の識字率が50%を超えると、政治的変動が起こる。女性の識字率が50%を超えると、出生調節が普及し、出生率の低下が起こる。現在の北アフリカ・中東での民衆運動は、1970年代のイランにおける民衆運動を想起させるが、当時のイランは、トッドの言うような段階にあった。
 イスラム諸国では、近年出生率の低下が顕著である。イスラムの中心地域であるアラブ諸国では、出生率の低下は、伝統的な家族制度である内婚制共同体家族を実質的に掘り崩しつつある。また、男性の識字化は父親の権威を低下させる。女性の識字化は、男女間の伝統的関係、夫の妻に対する権威を揺るがす。識字化によって、父親の権威と夫の権威という二つの権威が失墜する。
 トッドは、次のように言う。「この二つの権威失墜は、二つ組み合わさるか否かにかかわらず、社会の全般的な当惑を引き起こし、大抵の場合、政治的権威の過渡的崩壊を引き起こす。そしてそれは多くの人間の死をもたらすことにもなり得るのである。別の言い方をすると、識字化と出生調節の時代は、大抵の場合、革命の時代でもある、ということになる」。トッドによれば、識字化はデモクラシーの条件である。識字化によって、イスラム諸国もデモクラシーの発達の道をたどっている、とトッドは指摘する。さらにトッドはイスラム諸国は脱宗教化するという大胆な予測を述べてもいる。この変化は世界的に人々が既成宗教から脱し、新たな精神文化へと移行していく過程の一環だろう。
 チュニジア、エジプト、リビア等の国々が今回の政変で民主化に向かうかどうか、まだ定かではない。チュニジアでは、2014年1月制憲議会が新憲法案を賛成多数で承認し、マルズーキ大統領のもと、立憲政治が行われている。エジプトでは、政変後選挙で選ばれたムハンマド・ムルシーを大統領とする政権が、2013年7月7月、軍部によるクーデターに覆された。リビアでは多数の武装勢力が対立し、暫定政権が統治できない状態が続いている。これまで北アフリカ・中東のイスラム圏で、独自にデモクラシーを実現した国は、存在しない。アメリカが侵攻し強権的に民主化したイラクでも、デモクラシーが発展するかどうか、確かな結果は出ていない。しかし、揺れる北アフリカと中東諸国の政情に、イスラム諸国は識字化と出生率調節によって、長期的に民主化の方向に動きつつあることを読み取ることができるだろう。

 次回に続く。

関連掲示
・拙稿「トッドの移民論と日本の移民問題」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion09i.htm
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