イラクが過激派武装組織の進撃で内戦状態に３

●イラク内戦の現状

　６月１２日、旧名ＩＳＩＳはイラク北部で、同国第２の都市モスルを電撃的に制圧した。モスルでは、ＩＳＩＳの１５００人が十何倍もの３万人近いイラク政府軍を破り、政府軍は軍服を脱ぎ捨て敗走したという。シーア派中心の軍が、スンニ派の住民や現地武装勢力の反感を買い、逃げ出さざるを得なくなったらしい。モスルで、ＩＳＩＳは市内の銀行から４００億ドルもの多額の紙幣を強奪した。政府軍の兵器庫を押さえ、刑務所から数千人の受刑者を解放して、政府関係施設には「ジハーディスト」（聖戦主義者）の旗が翻ったと伝えられる。モスルでは、手足を切断された遺体が散乱し、人口の４分の１に当たる５０万人が脱出したという。
　マリキ首相は６月１３日、首都バグダッドへの進撃を目指すＩＳＩＳに対する掃討作戦の開始を宣言する声明を出した。マリキ政権はバグダッドの北方約１００キロ前後に位置する中核都市サマーラ、バクバを首都防衛ラインとして死守する構えという。イラクのシーア派最高権威、シスターニ師は同日、「武器を取れる者は戦いに参加せよ」とＩＳＩＳへの徹底抗戦を呼び掛けた。イラク軍は１４個師団、兵士２０万人を有してはいるものの、北部に配備された４個師団はもはや機能しなくなっていると伝えられる。だが、ＩＳＩＳが比較的容易に制圧したのはスンニ派が多く、政権に批判的な住民の多い地域であり、今後スンニ派の多い地域ではこれまでのようには進撃できないだろうと見られる。
　こうした状況でＩＳＩＳは、６月２９日に「イスラム国」（ＩＳ）の樹立を宣言した。シリア北部アレッポ周辺からイラク中部ディヤラ県までの一帯を現時点の「領土」と位置づけている。改名したＩＳでは指導者のアブバクル・バグーダディを「カリフ・イブラヒム」と呼ぶ。カリフは、預言者ムハンマドの後継者を意味するが、スンニ派の間ででは、オスマン帝国解体後の１９２４年にカリフ制が廃止されて以降、カリフの称号は「空位」の状態とされてきた。ＩＳの声明は、「カリフに忠誠を誓うのはイスラム教徒の義務だ」として、全イスラム教徒にイスラム国家拡大のための「ジハード（聖戦）」への参加を要求している。声明が出された６月２９日はイスラムの「ラマダン（断食月）」の初日だったので、ＩＳには、信仰心が高揚するこの時期にカリフ復活を宣言することでイスラム教徒の心に訴えかける狙いがあるとみられる。だが、カリフはイスラム文明では精神面でも政治・軍事面でも最高の指導者と位置づけられるというから、バグダーディのカリフ自称は多くのイスラム教徒の反発を買うと思われる。ＩＳを破門したアルカーイダも強く反発するだろう。それによって、アルカーイダとＩＳの抗争が展開されることが予想される。

●東南アジアからの義勇兵が続々
　
　イスラム教徒は、中東だけでなく、東南アジア、アフリカ、ヨーロッパ、北米等に広く分布し、信者数を増やしている。穏健・寛容な考え方の人々も多いが、極めて戦闘的で自爆テロを敢行する者たちもいる。
　今やアルカーイダをしのぐ過激派武装勢力となったＩＳには、東南アジア諸国から多数の若者が「義勇兵」として合流していると伝えられる。１９９０年代のアフガン戦争に東南アジア諸国からイスラム教徒の若者らが参加した。彼らは帰還後、２００２年のインドネシア・バリ島爆弾テロをはじめ、インドネシア等で大規模テロ攻撃を繰り返すなど、過激な活動を続けている。
　現在ＩＳは東南アジア諸国の過激派組織と連携し、戦闘員の募集や活動資金集めを活発化させていると見られる。インドネシア、マレーシア、オーストラリア等からの戦闘参加者がいるという。彼らは、シリアでの反アサド政権闘争に身を投じ、ＩＳに加入したものと見られる。シリアにはこの３年間で１万２千人以上の外国人義勇兵が流入した。大半が中東の周辺国の出身者だが、国際テロ問題の専門家によると、オーストラリア人が約２００人、インドネシア人が約５０人、マレーシア人が約２０人いるという。イラクではマレーシア人による自爆テロが１件確認されている。
　世界最大のイスラム人口を抱えるインドネシアでは、イスラム団体ジェマ・アンシャルット・タウヒド（ＪＡＴ）が６月、本拠地のジャワ島中部ソロで旧ＩＳＩＳの旗を振って大規模デモを展開したと伝えられる。ＪＡＴは死者２０２人を出した２００２年のバリ島爆弾テロを首謀したテロ組織ジェマ・イスラミア（ＪＩ）の流れをくむ団体という。
　ＪＩは、２００１年の９・１１の前後からアルカーイダとの関係を強め、タイやシンガポール、マレーシアなどに設立した支部組織と連携して、欧米の権益を狙ったテロ路線に転向した。インドネシアでは国外の過激派への加入や資金提供は合法とされ、周辺国に比べＩＳの浸透が特に目立つという。

　次回に続く。