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2012年09月28日11:36

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ファンタジーの往還(12)  ピーター・パンの出自

 松田義幸「ピーター・パンはセックス・シンボルだった ーなぜ、人は彼を愛しつづけるのかー」クレスト選書1996 は、ピーター・パンがギリシャ神話の好色な牧神パンをモデルにしていることを証明したものである。
 著者は1939年生、実践女子大学教授でレジャー社会学を専門としている、とのことで、児童文学研究者ではない。研究対象の東京ディズニー・ランドの人気の秘密を研究している過程で、そのキャラクターであるピーター・パンに手がかりがあるのでないかとして調べ始めたとのことである。

 ピーター・パンはネバーランドでは男の子たちのリーダーで、どういうわけか女の子はいない。しかし、女性キャラクターの人魚たちや妖精のティンカー・ベル、それに母親代わりに連れて行ったウェンディには愛されていて互いに嫉妬しあっている。ウェンディは母親という立場が不満だし、かわいい容姿ににず、きつい性格のティンカー・ベルはウェンディに意地悪をする。パーター・パンから遠避けたいのである。子どもの時には、確かにこれらの関係がよく分からなかったが、著者の言うように強いセックス・アピールをもつ牧神の性格を持っていると言われれば納得がいく。
 このように、ピーター・パンは若さと喜びのテーマを受け持っていて、は一部で言われている「ピーター・パン・シンドローム」の大人になれないキャラクターではなく、強い生命力、繁殖力を持つ牧神であった。
 
 もう一つのテーマは生と死で、これはフック船長とワニが受け持っている。このワニは船長の片腕を噛み切って食べた味が忘れられず、船長をつけ狙っているのであるが、時計も呑みこんでいてチクタクチクタクという音で接近がわかるという設定である。

 古代ギリシャでパンが重要な神になったのは、第二次ペルシャ戦争でのマラトンの戦いで、10倍の軍勢を持つペルシャ軍が敗走したのであるが、その原因が巨大な牧神パンが現れたことでペルシャ軍に「パンの恐慌、パニック」が起きたから、と信じられたことによる。日本で言えばモンゴル軍を敗走させた「神風」に該当する。

 ギリシャ彫刻に「デロスのアフロディーテ(ヴィーナス)」とよばれるものがあるが、これは牧神パンがヴィーナスと戯れているところに、羽根をもつ幼児のエロスが邪魔をしている場面を写したものである。つまり、ヴィーナスの息子のエロス(キューピッドつまりキューピー)が嫉妬して愛人のパンを遠避けようとしているのである。これは、ピーター・パン、ティンカー・ベルにウェンディの関係とそっくりである。

 ニーチェ「悲劇の誕生」では、ギリシャ人はギリシャ悲劇で演じられるようなペシミズムを前提として、明朗な芸術が生まれたとしているが、「ピーター・パン」でも死の象徴フック船長を背景として若さと喜びのピーターが活躍しているのである。
 なお、ピーター・パンの容姿は、尖った耳を持ち、帽子と細いズボンは山羊の角と足を隠しているとのことである。そして、緑の服はパンの住むアルカディアの緑である、とのことである。

 ジャイムズ・バリがなぜ悲劇を背景にしたのか。それは彼の伝記的事実に対応している。6歳の時すぐ上の兄を事故で亡くしている。そして成人してからは母親の死。さらに、ピーター・パン創作の直接のきっかけとなった三人兄弟の父、つづいて強く惹かれていた母親シルヴィア夫人の死が、自身の母の死に匹敵する打撃になった。そして、第一次大戦では兄弟たちが死んでゆく。バリは親しい者たちの死の中にいたのである。これが、ギリシャ悲劇を背景とした明朗な生命力をもつピーター・パンを産んだのだ、と言うことである。
 で、著者のテーマである東京ディズニー・ランドとの関係であるが、生と死の悲劇を前提とした生命の輝きを持っているから、と言うことのようである。そのように暗闇を背景に持っているのかどうか、行ったことがないので分からないが。

 ところで、「その男ゾルバ」をマイミクさんが論じていたので思い出したのであるが、この映画にも同様のことが言えるのではなかろうか。つまりアンソニー・クィン演じるゾルバがいい加減なところがあるが楽天的に生きることを楽しんでいる。しかし、仕事をしている村は因習的で、有力者の息子が片思いが原因で自殺したと言うので、片思いの相手の未亡人を村中の人たちで虐殺する。殺した方は復讐したつもりなのである。つまり、悲劇的な復讐劇を背景として、なお若さと喜びの「ギリシャの男一匹ゾルバ」が浮き上がってくる仕掛けである。
 著者カザンザキスや監督カコヤニスは彼にギリシャの将来を託したのであろうが、今の経済危機を乗り切ってくれるかどうか。日本にも影響があるのだが。

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