吉本ばなな「アムリタ」1994（自選選集オカルト） は、姉の朔美が妹の死や記憶の混乱から受けた心理的ショックの回復過程を描いたメンタル・カウンセリング小説である。
朔美の一家は、父がすでになくなっていて、母は再婚して弟がいるのだが離婚して、今は別の若い男と付き合っている。俳優だった妹は自殺に近いような事故死であった。
小説の始まった現在、同居しているは、母、朔美、小学生の弟、それに下宿人の従妹の大学生と母の友人の女性の５人である。物語は朔美を中心に一家の生活を坦々と描いていくのだが、基軸となるモチーフは、予知夢に関連することである。まず、弟が予知夢や幻覚をみるようになり、不登校になったことで、朔美がその世話をしていく。さらに、サイパン旅行で会った女性などの予知能力のある人々と友人になる。朔美本人が、頭の打撲治療の手術などで記憶が混乱していることが、そのような超能力者と交信できる原因になっているらしい。
朔美は弟の気分転換のため高知へ旅行し、そこで圧倒的な夕焼けに会う。
「南国のように透明で乾いた陽ざしが、オレンジを帯びつつあった。赤い空に、暗い町並みは影絵のように浮かびあがっていく。・・・路地のひとつひとつが、ひとりひとりの人の顔が。赤く照らされては満たされていく・・・」
志賀直哉「暗夜行路」で、自身の出生の秘密や妻の不倫に悩んできた主人公が伯耆大山登山中に、一人荘厳な夜明けを見るラストシーンが思い出される。
あまり娘や息子のことを気にしていない様に見える母親は、祖父譲りという心理テストを紹介する。これは、自信のない時や部屋の感じがよそよそしい時にはしてはならないのだとのこと。・・・ということは、今まで、自信がなく、家に違和感を持っていたことになるのだが・・・。
�／�べ物おいしい？食べ物の味をちゃんと感じている。
��朝起きると楽しい？一日が楽しみ？夜寝るとき気持ちいい？
�Ｍ�達が前から歩いてきます。楽しみ？面倒？
など、７項目で前向きに生きようとしているかどうかの心理テストであった。
つまり、読者は、ヒロインとともに精神分析・カウンセリングを受けていることになるようである。「暗夜行路」と違うのは、主人公が自分の悩みの原因を把握しているかどうかである。朔美には自身の心理状況が了解できていないのである。つまり、ほとんどすべての現代人がそうだろう。その点で、村上春樹と共通点があり、兄妹のような感じがする。事実、どちらも精神医学者の河合隼雄と対談している。
その河合が推薦している、精神科医でもある著者キャサリン・ストーの「マリアンヌの夢」岩波少年文庫2001 は、活発な10歳のマリアンヌが病気療養のはめになり、退屈のあまり草原の中の一軒家を描く。ところが、夢でその家に行き、中へ入ろうとして、次に少年を描く。次の夢で少年に会うのだが、彼は全く無気力でなげやりであった。
ここは何処なのか。何故ここにいる。何をしている。・・・次々問いかけるマリアンヌに対して、だるそうに、しかし、皮肉を持って辛辣に答える。ということで、これはバーネット「秘密の花園」の現代版であり、はるかな後継者でる。村上や吉本もそうなのであろう。
ところで、アムリタとはヒンズー神話の不老不死の甘露とのこと、ギリシャ神話のネクターに相当する。ここでは精神的な霊薬の意味だと思う。
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