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2021年12月21日10:20

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日本の心40〜領民を思い、仁政を行う:北条早雲1

 足利時代の後期、京都が戦乱の巷(ちまた)と化した応仁の乱(1467-1478)を境に、古代からの名家の多くが没落し、新たな実力者が台頭しました。足利将軍家の腐敗堕落により、家臣が主君を襲い、子が親を殺すというような、人倫にもとる下克上の風潮が広がります。そして、地方に群雄が割拠し、覇を争う戦国時代となります。そこに登場した最初の戦国大名が、北条早雲です。
 早雲は諸国を流浪する一介の浪人でした。そこから身を立て、歴史の表舞台に現れるのは、彼が40歳を過ぎてからのことです。文明8年(1476)、今川義忠が戦死すると、今川家に内紛が発生しました。この時、早雲は内紛を調停した功績により、興国寺城(現・沼津市)という小さな城の主となりました。
 次に早雲は、関東に目を向けました。延徳3年(1491)将軍代理の堀越公方・足利政知(まさとも)が死去すると、混乱に乗じて伊豆に攻め入り、一夜にして伊豆一国を奪い取りました。これこそ、戦国時代の始まりとされる事件です。時に早雲は、60歳を超えていました。
 このように書くと、早雲は、老獪(ろうかい)な大悪人という感じがするでしょう。ところが早雲は常に領民のことを思う為政者でした。興国城主となった早雲は、まず民の困苦の状態を調べました。そして、農民の税を軽くし、困っている者には金銭を貸し与え、旱魃(かんばつ)の時には施しまでしました。伊豆を奪った時は、自ら村落を巡視し、家ごとに病人がいることを知りました。疫病のため10人のうち7、8人が死亡し、伝染を恐れた者は山奥に退避していたのです。そこで、早雲は、村民に薬を与え、500人の兵を看病に当たらせました。助けられた者たちは非常に喜び、山に逃れた親族を呼び寄せ、ともに感謝したといいます。
 伊豆を平定した時、早雲は国中の主だった者を集めて、こう語ったと伝えられます。
 「国主にとっては民はわが子であり、民から見れば国主は親である。これが昔からの定めである。世が末世になるに従って、武士は欲が深くなり、農民に重い税を課している。国主どもは贅沢(ぜいたく)な暮らしをしているのに、民は暮らしに困っている。自分はこのような民のありさまをはなはだ哀れに思う。しかし、わしがこの国の主となったのも深い縁があっての事だろう。自分はお前たちが豊かにくらせる事を願っている」
 実際、早雲は年貢を五公五民から四公六民へと軽滅したので、農民たちは大いに喜びました。また、政治を家臣任せにせずに、自ら進んで巡回し、裁きを求める時は直々に自分まで訴え出ることを推奨しました。自らは粗食に麻の衣で質素な生活をし、家臣領民にも贅沢を抑え、土地を耕し、川を整備し、開墾をするよう奨励しました。こうして、早雲は民生の向上に努めたのです。そのため、家臣も領民も一同心から、早雲に信服しました。
その後、早雲は、明応4年(1495)、相模の小田原城を攻め、大森藤頼を追ってこれを奪い、関東進出の第一歩を印しました。この時にも領民に対しては寛大な処置をして、戦いを急ぐことなく、領国経営に力を注いでいます。
 やがて相模の豪族はみな早雲のもとに下るようになりましたが、三浦義同(みうらよしあつ)・義意(よしおき)らだけは、早雲に従いませんでした。毎年、攻め込んできて、容易に雌雄は決しませんでした。しかし、永正9年(1512)、早雲は新井城に籠もる三浦氏に対して攻撃を開始しました。そして、永正13年11月、これを滅ぼしました。こうして、相模一帯を治めるようになりました。早雲は、この時、85歳を迎えていました。
 早雲は着実に版図を広げては、城下の整備や検地の実施と新基準の貫高の採用など、領国経営に手腕を振るい、統治体制の礎を固めました。永正15年(1518)早雲は家督を嫡子の氏綱に譲って隠居しました。翌永正16年8月15日、伊豆韮山城で、88年にわたる生涯を閉じました。
 その後、北条氏は五代百年にわたって関東を支配しました。戦国の世にこれほど長く繁栄を続けたのは、珍しいことです。それは、創業者の早雲が、力づくで国を奪うだけでなく、徳を養い、仁政を行って民を豊かにした、優れた為政者だったからなのです。
 武士道には、「尊皇」つまり天皇を尊ぶこと、「尚武」つまり武を重んじること、「仁政」つまり民を思う政治を行うことという三つの要素が見られます。下克上と戦国の世にあっても、単に武力だけでなく、民を思う政治を行った者が長く隆盛を得たのです。そして、その仁政の源に皇室の存在があったところに、わが国の一大特徴があるのです。

 次回に続く。

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