●共産中国建国後の世界の動き
共産中国は、建国間もなく朝鮮戦争で北朝鮮を支援して米軍と戦った。朝鮮半島は、大陸国家（ランドパワー）と海洋国家（シーパワー）が接触する地政学的な要衝であり、半島を押さえる国はその地域で優位を得る。戦いの決着はつかず、朝鮮半島は南北に二分される体制となった。この戦争で人民解放軍は人海戦術を駆使し、強力な陸軍力を持っていることを示した。当時から中国は、米軍に屈しないほどの陸軍強国（ランドパワー）だったと言える。中国はその陸軍力を以って、建国直後の１９４９年に独立国だった東トルキスタンとチベットに侵攻し、これらを支配して自治区とした。ソ連に倣った共産革命の輸出となる行動だが、これらの地域を軍事的に制圧したことには、大陸の内陸部からの外国の侵攻を防ぐという国家防衛の意図が見て取れる。後に新彊ウイグル自治区は石油・天然ガス等、チベット自治区はウラン・重金属等の資源が豊富であることが分かり、これらの地域を支配することは、中国の経済にとって重要な意味を持つことになった。
中国は、１９８０年代までは発展途上国だった。社会主義的な経済政策は失敗を繰り返した。だが、毛沢東は国家建設の初期から、核兵器を持つことを目指した。中国は、１９６４年に最初の核実験を行い、６７年には水爆実験にも成功した。米国の核兵器から中国を守るための抑止力を確保しようとしたのだった。同時に、ソ連に対抗するための手段を掌中にすることにもなった。核時代においては、核を「持たざる国」は「持てる国」に支配されるからである。１９７０年には、人工衛星の打ち上げに成功し、ＩＲＢＭ（中距離弾道ミサイル）が完成していることを世界に示した。中国は、日本とわが国にある米軍基地を攻撃する技術を手に入れた。アメリカの核攻撃を断念させる「第二撃能力」を保有したわけである。
１９６９年の中ソ国境紛争を契機に、ソ連は、中国が核大国になる前に叩こうとした。これを察知したアメリカは、中国に接近し、１９７２年、ニクソン大統領が北京を訪れ、電撃的な米中首脳会談が行われ、米中共同声明が発表された。７９年に米国は中国と国交を回復した。こうして米国は中ソ分断に成功した。
「アメリカ帝国主義」の打倒を唱えていた共産中国が米国と結んだのだから、イデオロギーよりも国益を選んだ判断だった。また、この選択は大陸国家と海洋国家の連携というわけではなく、核時代における国防のためだった。
米国のキッシンジャーが行った外交は、一般に現実主義（リアリズム）による勢力均衡（バランス・オブ・パワー）の外交の成果とされる。だが、地政学的に見ても見事な外交だった。米国としては、ソ連と中国が同盟国としてユーラシア大陸の内陸部に強大な大陸国家連合ができることを防ぐことができたからである。
キッシンジャーは、１９５７年に『核兵器と外交政策』を著し、アメリカの外交・核戦略の政策を示した。基本的には、核の脅威の下での勢力均衡（バランス・パワー）の理論である。外交で世界的に活躍するようになった後、地政学という言葉について尋ねられると、「大国間でバランス・オブ・パワーを形作るときに重要な要素という意味で使っている」と語った。キッシンジャーは、アメリカに有利なように、主要国が連携してアメリカに敵対しないように、互いに対立するように仕向けた。スパイクマンがリムランドに位置する諸国をアメリカ抜きの同盟を組まないように分断することを提案した外交政策を参考にしたものと考えられる。
ソ連は、中国が米国と結んだ後、一層軍拡に力を入れた。もともと陸軍強国であるソ連は、米国に対抗して核兵器や大陸間弾道ミサイル、中距離弾道ミサイル、潜水艦発射型ミサイル等を持つ核大国となり、また空母・潜水艦等を保有する海軍強国（シーパワー）にもなった。これに対し、１９８１年に米国の大統領になったレーガンは、宇宙空間の軍事力の増強を中心とする戦略防衛構想（ＳＤＩ）を以って、ソ連に軍拡競争を挑んだ。スペースパワー（制宙権）を提唱したグレイの地政学が構想に影響を与えた。経済力・技術力で劣るソ連は、米国に圧倒され、この競争に敗れた。
その結果、米ソ冷戦は、１９８９年１２月のマルタ会談で終結を迎えた。ソ連・東欧諸国は経済的・社会的な矛盾が極限に達し、共産主義を放棄するに至った。この前後、８９年１１月に東西ドイツを分かつベルリンの壁が撤去され、９１年１２月にソ連が崩壊した。民主化の波が及んだ中国では、８９年６月に天安門事件が起こった。民衆を圧殺した中国共産党は、��小平が「社会主義市場経済」という概念を打ち出し、改革開放政策に転換した。これによって、世界経済は初めてほぼ一元化されることになった。そうした国際環境において、１９９０年代以降、情報科学と金融技術が結びついたグローバル資本主義が、アメリカの主導により世界的に推進されてきた。
米ソは冷戦終結に至る過程で、１９８７年に中距離核戦力全廃条約（ＩＮＦ条約）を結んだ。大陸間弾道弾を多数保有する二大超大国にとっては、中距離ミサイルや巡航ミサイルは重要性を持たなくなったからである。中国は、米ソのはざまにあって中距離ミサイルの増産に力を入れた。それは、自国の防衛と周辺国への侵攻に有効な施策だった。自国の地理的環境・条件と核戦略を組合せた地政学的な開発・配備だった。
また中国は１９９０年代に経済成長の軌道に乗ると、急速に増大する経済力を以って軍拡を進め、海軍力を獲得して海軍強国（シーパワー）にもなろうと企てた。２０００年代には、中国の海軍力は南シナ海・東シナ海で周辺国にとって現実的な脅威となった。また中国は２０１３年頃から南シナ海の岩礁を埋め立てて人工島として、領有権を主張し、ミサイル・戦闘機等を配備して軍事拠点化した。２０１６年常設仲裁裁判所が仲裁裁定を下したが、これを無視して海の要塞としている。海軍力を増強しながら海洋に主権・管轄権を広げるもので、地政学的な政策の強行である。
この間、旧ソ連の継承国ロシアは、プーチン大統領のもと、２０１４年にウクライナのクリミアを併合した。クリミア併合は、第２次世界大戦後、初めて武力で現状変更を推し進めたものでる。クリミア半島は地政学的な要衝であり、黒海の北岸にあり、ロシアが地中海や紅海に出るための海洋上の拠点である。ロシアのクリミア併合は地政学的な戦略に基づく行動である。そして今日、そのロシアより遥かに大きなスケールで地政学に基づく軍事的・経済的な戦略を立て、世界の現状を変更し、世界的な覇権を獲得しようとしているのが、共産中国である。
次回に続く。
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