◆一心三観
智�擇了彖曚蓮�単なる哲学ではない。修行の実践によって、真理を悟ることを目指すものである。天台宗では、円融三諦の思想に基づく観想法を行う。観想とは、特定の対象に心を集中し、その姿や性質を深く観察することである。
諸法には実体がないと観想する空観（くうがん)、諸法は縁起によって仮に現象していると観想する仮観（けがん)、この両者は別のものではなく一つであると観想する中観（ちゅうがん）の三つを、同時に体得することを、一心三観（さんがん）という。
一心三観は、あらゆる事物・事象が相対を超えた絶対的真理にかなっていることを体験的に理解することを目指すものである。また、智�擇蓮�一瞬の心のうちに、空観・仮観・中観の三観が成立すると説く。一念の心がそのまま円融三諦であることを観じるものであるから、円融三観ともいう。
智�擇琉貎柑梓僂蓮�空の思想に基づいて、真理に到達しようとしたものである。ナーガールジュナの空論は、インドで虚無主義ととらえる誤解を一部に生じた。そこで、唯識派は、あらゆるものは実体や本質を持たない空であり、心の内なる「識」の作用によって仮に現れたものに過ぎないとし、根本的な識として末那識・阿頼耶識を立てた。そして、修行によって悟りに到達すれば、迷いを生み出す阿頼耶識が大円鏡智に転換すると説いた。智�擇蓮⇒�識説の理論によらずに、諸法は空であるが、仮に現象しており、それが世界の実相であることを円融三諦で説き、一心三観で体得しようとしたと考えられる。
縁起説については、吉蔵が大成した三論宗では、ナーガールジュナの無自性縁起説を発展させて体系化した真俗二諦縁起を説いた。真諦は絶対不変の真理で空の立場、俗諦は世俗的真理で有の立場をいう。真諦を説くには世俗の言語や思想を用いるしかなく、俗諦によらなければ真諦には至れないと主張し、真俗二諦は不二として縁起を論じた。これに対し、天台宗では、円融三諦縁起を説いた。空諦・仮諦・中諦の三つの真理が互いに融け合って、同時に成立しているという真理の構造において縁起を論じるものである。
智�擇療径羔騎悗蓮■浩さ�後半以降、シナ仏教の衰退ともに停滞に陥った。だが、日本では、平安時代に最澄が日本天台宗を開創し、独自の発展を見せ、比叡山は日本仏教の一大拠点となった。
◆天台教学とインド哲学及び現代科学
智�擇錬鏡さ�後半のシナの仏教者であり、ヒンドゥー教のヴェーダーンタ学派との直接的な交流はない。だが、天台教学とヴェーダーンタ学派の理論には比較されるべき点がある。
ヴェーダーンタ学派では、仏教の空の思想や唯識説に接したシャンカラが、有神教の立場で、実在と現実世界の関係を考究した。彼は、ブラフマンを実在とし、世界を幻影とする不二一元論を説いた。いわば世界幻影論的ブラフマン一元論である。そして、絶対的観点から見ると、ブラフマンは一切の相対的な関係を超越した唯一無二の実在であるが、現象界にある者の相対的観点から見ると、ブラフマンは属性や人格を持つ唯一神として映るとした。これに対し、ラーマヌジャは制限された不二一元論、マドヴァは多元論的な世界実在論で応じた。詳しくは、拙稿「インド文明のダルマ〜ヒンドゥー教を中心に」に書いた。
智�擇蓮▲Ε僖縫轡礇奪匹任呂覆�、『法華経』に依拠する。『法華経』の説く久遠の本仏は、仏教の有神教化を表すものであり、ヒンドゥー教のブラフマンと似た性格を持っている。有神教化した仏教の理論家である智�擇�実在を否定し、空とする立場から、ヒンドゥー教の哲学者と比較されるべき思想を展開したことは、興味深いことである。智�擇療径羔騎悗蓮▲ぅ鵐匹傍嬪�入されることはなく、その円融三諦・一心三観の理論が、ヒンドゥー教に新たな理論的な刺激を与えることはなかった。
智�擇龍�・仮・中の円融三諦は、近代西欧科学が発達する以前の東洋の宗教思想である。科学は、機械を用い、実験と観察によって、客観性・法則性・再現性のある現象を研究する。これに対し、仏教やヒンドゥー教は、修行者が瞑想等の実践を通じて、体験によって真理を悟得しようとするものである。それゆえ、科学の立場からは、検討に値しない非科学的な思想とみなされがちである。だが、世界の構造について、科学が明らかにしてきたことと、東洋思想が説いてきたことには、類似点がある。
現代の物理学は、素粒子や電磁力・重力等の研究によって、物質の微細なレベルでは、人間と人間にとっての世界は、全く違う様相を示すことを明らかにしている。素粒子は人体や土地・建物・事物を通過してしまう。ある意味では、人間とその世界は存在しないに等しい。しかし、物質の粗いレベルでは、人間と人間にとっての世界は、確かに実在する。そのレベルでの物質と生命の法則が働いている。ここで素粒子のレベルの状態を空諦にたとえ、人間のレベルの状態を仮諦にたとえ、空と仮がともに両立することを中諦にたとえることが可能である。いわば、科学的世界の真実は、一種の円融三諦である。ただし、明らかに円融三諦が、現代の科学の世界像と異なるのは、それが意識のレベル、むしろ精神のレベルを含む理論である点である。精神のレベルを含む理論は、事物・現象を客観的にとらえるのではなく、体験・体得的にとらえる。これを現代科学の主流は、非科学的と断じる。だが、もし電子やニュートリノのような素粒子に何らかの意識があるとすれば、そのレベルで意識にとらえられる世界は、東洋思想が象徴的に描いてきた世界と類似したものとなるだろう。
次回に続く。
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