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2020年06月13日10:03

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世界コロナ危機をどう見るか1〜ジャック・アタリ1

●はじめに

 世界コロナ危機の中で、世界を代表する知性がこの危機をどのようにとらえ、今後の世界をどう予想するかを語っている。わが国では、NHKテレビ、朝日新聞、日本経済新聞、産経新聞等が知的世界をリードする人々にインタヴューを行なった。対象は、ジャック・アタリ、イアン・ブレマー、ユヴァル・ノア・ハラリ、エドワード・ルトワック、エマニュエル・トッド等である。私は彼らのうち、アタリ、ブレマー、ルトワックの発言に最も関心を覚えた。そこで彼ら3人の発言を紹介し、考察を行ないたい。9回の連載になる予定である。

●ジャック・アタリのコロナ危機論

 今回の危機においてわが国で最も多くの人々の関心を引いたのは、フランスの経済学者で思想家のジャック・アタリだったと思われる。
 アタリは、フランスのミッテラン大統領の特別顧問や欧州復興開発銀行の初代総裁等を務めた。著書に『21世紀の歴史――未来の人類から見た世界』(ミルトス)『ユダヤ人、世界と貨幣――一神教と経済の4000年史』(作品社)『危機とサバイバル――21世紀を生き抜くための〈7つの原則〉』(作品社)等がある。
 アタリは、世界コロナ危機に関して、4月から5月にかけて、NHKテレビ、日本経済新聞、産経新聞のインタヴューに応じた。NHKのETV特集「緊急対談 パンデミックと世界 海外の知性が語る展望」は、「パンデミックという深刻な危機に直面した今こそ『他者のために生きる』という人間の本質に立ち返らねばならない。協力は競争よりも価値があり、人類は一つであることを理解すべきだ。利他主義という理想への転換こそが人類サバイバルのカギである」とアタリの主張を伝えた。また、産経新聞のシリーズ「コロナ 知は語る」の記事は、「疫病の流行は世界史の転機となってきた。フランスの経済学者で思想家のジャック・アタリ氏はその歴史をひもとき、新型コロナウイルス禍を機に、他者への共感を重視し、『生命を守る産業』を中心とした経済・社会への転換を唱える」と紹介した。
 NHK、日経、産経による三つのインタヴューは、質問が一部重複するが、各社独自の質問もある。そこで、それらを項目に分けて整理して以下に掲載する。内容によっては複数の項目に掲載する。記事間の文体や訳語の違いは統一していない。ところどころに、私のコメントを挿むことにする。

◆パンデミックの世界的な影響

――新型コロナは世界経済をどう変えますか(日本経済新聞 2020.4.9)
「危機が示したのは、命を守る分野の経済価値の高さだ。健康、食品、衛生、デジタル、物流、クリーンエネルギー、教育、文化、研究などが該当する。これらを合計すると、各国の国内総生産(GDP)の5〜6割を占めるが、危機を機に割合を高めるべきだ」
「経済の非常事態は長く続く。これらの分野を犠牲にした企業の救済策を作るべきではない。そして、企業はこれらと関係のある事業を探していかなければいけない」

――世界経済を立て直すのに必要なことは(日本経済新聞 2020.4.9)
「誰も第1の優先事項とは考えていないようだが、ワクチンと治療薬に極めて多額の資金を充てることだ。いくつか支援策は発表されているが、ばかげていると言わざるを得ないほど少額だ。この問題はワクチンや治療薬があれば解決し、なければ解決しない。それにより危機は3カ月で終わるかもしれないし、3年続くかもしれない」

――新型コロナ危機による経済、社会への影響とは(産経新聞 2020.5.10)
「危機は非常に深刻だ。始まったばかりだと言っていい。感染による直接の被害がそれほど大きくなかった国も世界的不況に巻き込まれ、影響を受けることになる。過去1世紀で最悪の事態になるかもしれない」
「こんな状況の中、人々の間で『社会を別の形に変えねばならない』という意識が芽生えている。そのためには現在の経済の方向を変えて『生命を守る産業』に集中する必要がある。『生命を守る産業』とはすなわち、衛生や食糧、エネルギー、教育、医療研究、水資源、デジタルや安全保障、民主主義にかかわる生産部門のことだ。だれかを守り、他者への共感を重んじる利他的な産業へとシフトせねばならない」

◆疫病は社会を変えて来た

――人類史的にみて新型コロナはどんな意味を持つのでしょう(日本経済新聞 2020.4.9)
「権力の変容が起こるとみている。歴史上、大きな感染症は権力の変容を生んできた。例えば15世紀ごろにはペストの発生を機に教会から治安当局に権力が移った。感染者を隔離するなどの力を持ったからだ」
「その後の感染症で、人々は科学が問題を解決すると考えるようになった。治安当局から医学への権力の移転だ。これまで我々はこの段階にいた。新型コロナの対策ではテクノロジーが力を持っている。問題はテクノロジーを全体主義の道具とするか、利他的かつ他者と共感する手段とすべきかだ。私が答える『明日の民主主義』は後者だ」

――疫病は世界をどう変えてきたのか(産経新聞 2020.5.10)
「疫病は社会のシステムを変える力を持つ。欧州大陸では疫病が猛威をふるう度、社会に根付いていた信仰や支配のシステムが信用を失い、失墜した。古い支配者に代わって新たな権威が正当性を獲得した」
「欧州では14世紀、ペストの流行で人口の3分の1が死んだ。支配層だった(カトリック教会という)宗教的権威は救いを求める人たちの生命を救えなかったばかりか、精神的救いを求める人々に死の意味すら示すこともできなかった。教会の権威は衰え、聖職者に代わって警察が力を持つようになった」
「18世紀末には死の恐怖から人々を守る存在として医師が警察にとって代わった。疫病が近代国家を生んだのだ。迷信や宗教的権威に対し、科学の精神が優位に立つようになった。今回のコロナ危機では利他主義で『生命を守る産業』が確実に勝者となるだろう」

ほそかわ
 最初のコメントが細かいことからになってしまうが、アタリは権力(英語:power、仏語:puissance)と権威(英語:authority、仏語:autorite)をしっかり概念的に区別していないように見える。翻訳の関係もあるかもしれないが、彼は、中世ヨーロッパでペストによってキリスト教の教会から治安当局に「権力」が移り、治安当局から医学に「権力」が移ったという。また、コロナ危機でテクノロジーが「力」を持っているという。だが、治安当局は世俗的な国家の権力の一部だが、医学はそうではない。またテクノロジーもそうではない。彼の別の発言では、教会の「権威」が衰え、警察(治安当局)が「権力」を持ち、次に宗教的「権威」より科学の精神が優位に立ったとアタリは言う。これは、権威の移動であって、権力の移動ではない。国家が権力を持ち、そのもとで医学が権威を持つようになったのであって、権力の移動ではない。また、コロナ危機でテクノロジーが「力」を持っているとアタリは言うが、テクノロジーは国家権力が統治の手段として利用しているのであって、医学からテクノロジーへの権威の移動が起こっているのではない。
 面倒なのは、authority、autorite は、日常語では権威の他に権力・影響力を意味することである。それは、この語が語源的に能力を意味する言葉から派生しており、同じく能力を意味する power、puissance (力、権力)に通じているためである。それゆえ、権力と権威を概念的に区別しないと、混乱を招きやすい。
 私見では、権力は意思を現実化する能力であり、他者の行為に対する強制力である。また、権威とは、他者を内面的に信服させる作用を持つ社会的な影響力や制度、人格をいう。権威は、権力の要素のうち、特に能力と強制力に通じる概念である。この点について詳しくは、拙稿「人権ーーその起源と目標」の第3章「人権に係る権力」をご参照願いたい。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i-1.htm

 次回に続く。

************* 著書のご案内 ****************

 『人類を導く日本精神〜新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
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