1枚目 サテュロス
2枚目 竹生島(琵琶湖)の白蛇様
3枚目 アフラ・マツダ(ゾロアスター教)
すでに調べがついているのだろうと思うが、その勉強は後にして素朴な疑問を提示しておく。
悪魔と言えばゲーテのメフィストーフェレスを思い出すのだが、彼が馬の脚だということでギリシャ神話のサテュロス(あるいはパンか、ケンタウロス)を出自にしていることが分かる。
旧約聖書の最初の悪物はイブをだました蛇である。おかげでエデンの園から追放されたことになっている。ただし、創世期には神の作った中で一番悪賢い動物ということで悪魔とは言われていない。まあ、悪魔化の一歩手前なのだろう。「赤毛のアン」だったか? に、「蛇だけは神様が作られたのでなく悪魔が作ったのだと思う」と嘆いて主張する主婦が登場していた。
むろん日本神話では蛇は神の近いというよりも神の変化の姿、というか三輪山の神の本体だった。それに、注連縄が二匹の蛇の絡まった姿とされている。私が小学生のころ、同級生が「あの家にはミーさん(白蛇)が住み着いているから良いことがあるんだって」などと言っていたものである。出雲ではウミヘビ様が居られる。
本来、蛇は神だったのだろうし、日本では今もその姿を残しているが、中近東のユダヤ人の旧約時代には悪魔の一歩手前だったのだろう。それでも悪魔ではない。
ということで、ヨーロッパではいつから悪魔が出現したのだろうか。
中世の魔女狩りでは魔女は悪魔の使いだった。地獄に封じられたとされるルシファーは教父ヒエロニムス(347−420)が堕天使サタンと主張したとある(コンスタンチヌスのミラノ勅令による国教化は313年)。諸説あるらしいが、いずれにしろ中世だったに違いない。
というか、忘れていたが、この世を「善と悪との闘い」としたのがペルシャのゾロアスター(紀元前11世紀頃)だった。この場合、悪魔は独自に出現しているのだが、ユダヤ・キリスト教では創造神は当然一神なので悪魔の存在には苦しい理屈付けが必要になる。
旧約では、とくに創世記であるが、人類を滅亡寸前に追いやっていたのは神自身だった。それで、ノアの箱舟の時にはさすがの神も、もうこんなことはしないと反省したとされる。で、「こんなこと」を代わって実行する悪魔が必要になったのに違いない。
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