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2012年09月25日14:41

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ファンタジーの往還(11)  越境する児童文学

 本田和子「子どもという主題」大和書房1987 は、C.S.ルイス「ナルニア国」1950-56 や、エンデ「モモ」が哲学者、思想家や文学者に大人の文学として評価されたことをきっかけとして、子どもと大人の世界が相互侵犯するようになったと言う。もっとも、ポール・アザールがすでに述べているように、子どもが大人の本を読むのはとっくにあったことなので、今度は大人が子ども向けの本を自身のために読むようになった、つまり大人の側の侵犯が始まったということであろう。大いによいことである。
 ところでここに登場するキャラクターで時間の国のマスター・ホラのイメージは、メーテルリンク「青い鳥」の未来の国の時の老人にそっくりであった。これはパクリ・・・ではなく、本歌取りであってイメージを重層させ広げていく正統的な手法だと思う。

 「モモ」の場合は、時間が盗まれていく、ということがテーマである。その意味が、忙しさ(つまり心を亡くすと書く)にかまけて家族を顧みない、さらには自分自身も追い詰める過労死などに至るということなのか、あるいはエンデ自身の解説のように、時間を売ったり、利子が利子を生むことへのマルクス哲学的な批判にあるのかはどちらでもよいが、というより同じことだと思うが、正面からの資本主義社会批判の寓意であった。

 対して、「果てしない物語」は、現実・リアルしか信じなくなった現代社会の影響を受けて、消滅しつつあるファンタジーエン(幼心の君の国)を再生するための冒険物語である。再生するためには、幼心の君に会う資格のあるものが、新しい名前を与えればよいとのことである。・・・これは神話において神や支配者が名づけることに対応していると考えられる。名付けとは子ども、動物や土地に魂を与えることに違いなかった。
 さらに、多くのキャラクターが現れる。主人公のバスチャンやアトレーユだけでなく、彼ら幼心の君に会うために、訊ね歩く相手が多分、いろいろな寓意を秘めているのである。中でも最後の方で現れる果物や穀物を身に付けたアイゥオーラおばさまとは、古事記の穀物神オオゲツヒメに似ていることで注目されていた。
 これらのキャラクターたちは、ユングのいう元型なのであって、深層意識にあるはずの人間精神共通の元型を見失うことは、すなわち幼心を失うことなのであり、その再生のためには元型たちを確認して行くという手続きが必要なのである。それを成し遂げたバスチャンが幼心の君に新しい名前を与える資格を得たわけである。

 すなわち、大人の鑑賞に耐えること、また読むべきであるということは、幼児の未分化の心から生み出されている元型のイメージを再び取り戻すことができると思われるからである。

 「ナルニア国」においても同様である。子どもたちは、人が入れる大きな衣装ダンス(ワードローブ)を通ってナルニア国へ迷い込む。・・・違いない。もともと、衣装ダンスで着替えをして出かけるのであるから。子どもにとっては、楽しい外出の入口がワードローブなのであった。
 その先の公園のようなところに、雪の積もった街灯があった。・・・このイメージが意外性に富んでいる。フォーンやビーバーの住処の描写も楽しいが、これらは童話そのもので、どこにでもある。雪の女王はアンデルセンそのものだし。夜の雪の街灯とは、早く温かい家に帰りたいという思いと、この街が一変したところにもう少しいたいというロマンチックな気持ち(青年だけではない。子どもにもあるはず)がぶつかっていることの象徴ではないだろうか。大人といえど、この両方の気持ちを持って外に出ていくのに違いない。

 この本には、サトクリフの歴史物語やピアスなども、それぞれ元型の部分を中心に解説されている。私はまだ読んでいないのでここではパスしておく。
 ここで書いてきたことは、実は著者本田の引用ではなく、中心になる概念以外は、触発された私個人の連想である。
 大人が、さらには老人が童話を読むとは、自分自身に蓄積されているイメージ群をとりだしていくきっかけなのだと思う。これら自身のイメージ群はいいものばかりではなかった。というより心が塞がるものの方が多い。「命長ければ恥多し」・・・ネットで調べると長生きをよしとする儒教の教えに対立する荘子の言葉だった。壮年は忙しくて心を失い、老人は長年の恥に押しつぶされる。
 原初、元型のイメージ群を持つ童話によって、心を再生するという作用が見直され、再評価されたに違いない。
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