「共同幻想論」は１１の各論から構成され、最初に� 峩慇�論」が置かれている。まず、共同幻想の地理的な範囲を画定するわけである。禁制には二つある。一つは、インセスト・タブー、これで幻想が家族の外に押し出され、共同幻想になる。二つ目は、生活圏の外へ出ることの恐怖であり、この恐怖が共同幻想の範囲をきめている。地理的には、「遠野物語」に多い「山人譚」であり、疲れた猟師が入眠状態の幻覚に見る恐ろしい山人のあらわれる境界領域で示される。また、心理的には、川向うから呼ばれたが渡らずに目が覚めた。渡っていたら死んでいただろう、という夢が示すあの世との境界がある。
吉本はこの境界を作るのは弱小な生活圏や貧弱な共同体であるとして、直ちに唯物論で根拠づけているが、まずは遠野郷共同体の先祖神の範囲と考えるべきでないだろうか。境界の外は関係ない神や魔物の世界で、魔が入らないように道祖神が祭られていたはずである。むろん、先祖神の範囲が狭いのは、工業化以前の農耕社会だからだが。
キリスト教徒においては、神が地球上のどこでも信じる者をみまもっているはずであり、この信仰が大航海時代を精神的に支えたのであろう。
続く、��憑人論、�Ｖ琺�（ふげき）論、�ぶ狃�論、の三つは、幻覚を見る、見せる、それを信じさせるなどの専門家を対象としている。つまり、共同幻想の演出家である。
��憑人論では、柳田国男自身が「薄暮の感性がつくりだした共同幻想」を見る詩人であり、同じ資質を持つ語り手の佐々木鏡石と同調したこと、その故に遠野の物語に執着したと解される。多分、吉本自身もそうに違いない。
ここでは、異常心理学や超心理学をつかって、類てんかん気質や超感覚的知覚（ＥＳＰ）など幻覚を見やすいタイプの存在が示される。そして、狐憑きといわれる女たちの「憑き」の能力を統御しているのは本人ではなく、遠野の伝承的な共同幻想だと結論付けている。
�Ｖ琺�論では、芥川龍之介「歯車」などに描かれたドッペルゲンガーが、何の神秘もないものと種明かしされ、続いて、習俗に属する「いづな使い」とは、ブリュル「未開社会の思惟」に基づいて、「個人幻想と共同幻想の未分化な段階での原始心性」であると解される。
�ぶ狃�論では、まず、共同幻想の成立には共同利害の画定が条件であると示して、日本の巫女とシャーマンが対比される。
巫女とは、性的な幻想を対象として共同幻想を描くにすぎないものであると位置づけて、シャーマンとは厳しい修練を経て自己幻想を共同幻想に融合させられる集中力を有する高いレベルのものとされる。
さらに、キリスト教の聖テレサの神が、性的対幻想からの抽象的存在とされるのに対し、遠野の巫女の場合には、実在の観音像にすぎないとされる。また、聖テレサが自己喪失の状態で自足的恍惚状態になるのに対し、巫女の場合は、仏像を子供たちが引きまわしているのは、罰あたりなことでなく、仏が子供たちと遊んでいるのだと、いわば下世話な解釈をして見せるだけだと判定する。
この部分では、いささか比較対象が気の毒であろう。シャーマンや聖テレサと対比するなら、日本の場合には修練を積んだ僧侶を持ってくるべきでなかったか。
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