ターリヒ・クァルテットをサルビアホールで聴いた。
このクァルテットは、1962年にプラハ音楽院で学ぶ若手で創設された老舗。70年代半ば、フランスのカリオペ・レーベルに登場してたちまちADFディスク大賞を受賞、世界デビューした。私にとっては、この時のLPレコードが、私にとってドヴォルザーク「アメリカ」の最も愛聴している盤でいまだに個人的規範になっている。
現在のメンバーは、創設時とはすっかり代替わりしている。
リーダーのヤン・ターリヒ(Jr.)は、創設時のリーダー(Sr.)の子息になる。ちなみに上記のレコード録音時には、ターリヒ(Sr.)は、第1ヴァイオリンをペトル・メッシエレウルに譲って、ヴィオラに転じている。そのメッシエレウルを継いだのが今のターリヒ(Jr.)。
コロナ禍の前後、チェコ楽壇の再編が進み、元パヴェル・ハースQのラディム・セドミドゥブスキー(ヴィオラ)が加わった。さらに元プラジャークQのミハル・カニュカ(チェロ)も加わる。プラジャークQの解散公演は、コロナ禍で再三延期となり、最後の公演が日本ツアーになった。一昨年、横浜「ひまわりの郷」での公演で最後と思ったカニュカの顔を名門ターリヒQメンバーとして再び見ることになるとは、当時は思いもよらなかった。
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こんなメンバーの変遷を振り返ると、このターリヒQこそ弦の国チェコを代表する最高のクァルテットだと思える。そのターリヒQのドヴォルザークとスメタナのプログラム。高度な技術とアンサンブルの完成された一体感で繰り広げられる音楽は実に強烈だった。
ドヴォルザークの2曲は、初めて聴く。特に「8つのワルツ」は、とても土俗的。同じワルツといってもヴィーンのワルツとはまるで違う。どこか、プラハのビアハウスとか、そういった酒場でのバンド演奏を聴いているかのよう。とても人間的。俗っぽいというのとも違う。「生きる」ということに直結しているかのように感じてくる。映画「タイタニック」で最後まで演奏し続け船と運命をともにしたバンドメンバーの姿が思い浮かんできた。
同じ曲ではないが、前述の私の愛聴盤「アメリカ」は、ずっと行儀の良いドヴォルザークに思えてしまう。行儀の良いという意味は、西欧正統音楽の教養主義のウケを目指した演奏ということ。現前のターリヒQは、もっともっとボヘミアの民族音楽の血の気をむき出しにしている。
そういうドヴォルザークが伏線となった後半のスメタナが凄かった。
「わが生涯より」は、スメタナが健康を悪化させ難聴を来してからの作曲。不幸と不遇が続いた波瀾万丈の生涯のなかでただでさえ遅咲きの作曲家が、最後の最後でチェコの国民楽派として成功を垣間見ることができた名曲が、この四重奏曲と連作組曲「わが祖国」だった。プラハの国民劇場が開設されるのは、その直後のことになる。チェコ人が、支配層のドイツ人に対して民族意識を爆発させた時代だった。
半自叙伝的といわれるこの四重奏は、それだけに技術的に高度で前衛的。そういう深刻ぶったものと思われた曲から、民族的な土臭い音調や音階、リズムなどがむき出しに発せられることに驚いた。スメタナの畢竟の力作が、こんな土臭い音楽だったのかと目を瞠る思いがした。
アンコールがこれまた秀逸だった。
いずれもロマのダンス音楽が基調となっている。いわば、クラシック音楽から外れたくだけた俗曲。
ジョルジ・ブーランジェは、ルーマニア人のロマ。本名ではなく、第三共和政の転覆を謀ったとされるブーランジェ事件の首謀者からとった芸名。二曲目は、タンゴのようなものとの紹介もあったけれど、強烈なジプシー音楽の技巧的高揚と官能の世界。どちらも、強烈な民族的な土臭さの魅力を発散させている。本来の発想からすれば本プログラムにはそぐわない。けれども、エベーヌQがハイドンやベートーヴェンのあとにジャズを演奏するようなチグハグさとはまるで違う一貫性がある。このアンコールだって大変な聴きものだった。
クラシック音楽ファンが思い浮かべるヨーロッパとはまるで違う風景と臭いが、確かにそこにはあった。
Salvia-hall Quartet Series #183
ターリヒ・クァルテット
2024年11月5日(火)19:00
横浜市鶴見区民文化センター サルビアホール
ドヴォルザーク:弦楽四重奏断章ヘ長調 B.120
8つのワルツ 作品54
スメタナ:弦楽四重奏曲第1番ホ短調「わが生涯より」
(アンコール)
ジョルジ・ブーランジェ:命尽きるまで愛す
ルーマニア民謡:ホラ・マルツィショルルイ
ターリヒ・クァルテット
ヴァイオリン:ヤン・ターリヒ ロマン・パトチュカ
ヴィオラ:ラディム・セドミドゥブスキー
チェロ:ミハル・カニュカ
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