北区は、その南北を縦断するように武蔵野台地の崖地が走っていて、高低差のある変化に富んだ地形をしています。特に、赤羽の近辺は顕著です。東十条駅は、そういう台地と平地の境界の崖下にある駅です。跨線橋の上には新幹線の高架が走っていて、ここはとても
自粛解除の道筋が見えてきた首都圏の週末。住宅地にもほんのりと日常の息づかいが戻りつつあるといういうように感じます。中山道の一里塚あたりを横切り、坂を下りていくと大きな沼がある公園があります。ここは台地の崖下の湧水が水源となっていて、水もきれ
今日、特別定額給付金が振り込まれました。思ったより早い給付でした。やはりマイナンバーカードの導入、住基ネットとのシステム接続の対応で自治体によってずいぶんと差が出たようです。そもそも、5月1日の開始と同時に、オンライン申請を受け付けたのは、
松永安左エ門は、戦時の1942年、国家総動員法の成立により電力事業が国家管理下におかれると、東邦電力は解散され、電力事業から追われることになります。松永は、戦後、第二次吉田内閣の下で電気事業再編成審議会の委員長に抜擢されます。日本発送電の設
彩湖・道満グリーンパークから、また、秋ヶ瀬橋を渡るとそこは志木市。そのままその「いろは通り」を道なりに進むと志木市の市街地へ向かうことになります。曲がりくねった道ばかりなのは、この地域が荒川の流域に広がる平野部で肥沃な農地だったからでしょう
戸田橋のひとつ上流には笹目橋がかかっています。笹目橋も見た目は面白みのない橋ですが、国道17号新大宮バイパスの上下2線と首都高池袋線の3つの橋の総称で大動脈となっています。そのまた少し上流には外環道の高架橋があります。ここまで来ると、右岸も
板橋の東は、北区滝野川、さらに東に行くと西ヶ原の町になります。この一帯は、巣鴨や駒込の続きで山の手という風情がたっぷりの落ち着いた住宅街です。桜のソメイヨシノで有名な染井もすぐそばです。ここには、かつて東京外国語大学(東京外大)がありました
板橋から池袋を抜けてちょっとだけ足を延ばしてみました。池袋は、今でこそ、渋谷、新宿と並ぶ東京の副都心といわれる繁華街ですが、かつては巣鴨や雑司ヶ谷などとともに東京近郊の農村地帯が宅地化されていった地域に過ぎませんでした。今の山の手線の前身と
JR板橋駅東口のすぐ前に近藤勇の墓があります。近藤勇は、最後に千葉県流山で捕らえられ板橋宿まで連行され、ここで処刑されています。処刑場がこの板橋駅付近にあったのです。近藤は武士として切腹を願い出ますが、百姓の出だからと認められず斬首されます
王子と言えば、狐が有名です。落語「王子の狐」も有名ですが、その伝承のみなもとは「王子の狐火」。東国三十三国の狐火が集まったということなんだそうです。そういう「王子の狐」は、実は王子神社のことではなく、そのすぐ近くにある王子稲荷のこと。王子神
ご近所散歩。土曜日には王子近辺を散策しました。王子神社は、王子権現とも呼ばれ江戸名所のひとつとして親しまれてきました。「王子」の地名はこの神社が由来です。古い神社で、創建はいつのことかわかりませんが、すでに平安時代、源義家が奥州征伐凱旋の折
加賀公園から、石神井川にかかる金沢橋を渡り、埼京線の踏切を渡って、さらに、王子新道を進むと、斜面の上の小高いところ瀟洒な白い洋館が見えてきます。この建物は、東京第一陸軍造兵廠(兵器工場)の本部として昭和5年に建てられたもの。近寄って見ると、