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2019年05月12日12:07

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ピアノの右と左  映画「グリーンブック」

少し前のことになるが、映画「グリーンブック」を観た。

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映画そのものは、お定まりのロードムービーで話しも予定調和でどうということもないが、実在の人物を描いたものだけに興味をひく場面が多々あった。

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そもそもクラシック音楽の殿堂・カーネギー・ホール階上にそんな高級アパートがあったとはまるで知らなかった。しかも、そこに音楽家とはいえ黒人のミュージシャンが住んでいたことなどは想像もしていなかった。

映画で描かれる1962年というのは、公民権運動のただ中にあって白人と黒人との間の緊張が最も高まっていた時代だ。ドン"ドクター"シャーリーが、さながら、アフリカから来た「王子様」のごとく優雅に振る舞い、そういう差別に無頓着な表情で、これから南部深部にツアーに出かけるからと告げる、その淡々としたナイーブさからして、そもそも違和感がある。

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ドン・シャーリーは、ケネディ大統領に招かれてホワイトハウスで演奏したほどで、ストラヴィンスキーにも高い評価を受けるなど、クラシック正統音楽寄りのエスタブリッシュメント好みのピアニストで、他のジャズ・ミュージシャンとは一線を画していたようだ。そういうわけでジャズ喫茶文化の日本では、ほとんど無名に近かったのではないか。少なくともジャズには門外漢の私はこれまでその名を聞いたことはなかった。

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映画で描かれるツアーの同伴者は、運転手兼ボディガードのイタリア系アメリカ人トニー・ヴァレロンガの他に、コンボのメンバーであるふたりのロシア人。何とチェロとコントラバス。ジャズのピアノ・トリオの編成としては観たこともなかった。調べてみるとドン・シャーリーは、この編成で演奏することが多く、実際にレコードも数多く残されている。このあたりも、日本のジャズ喫茶の尖った嗜好と反権力の雰囲気にはそぐわなかったのだろう。

ところが、ステージ上の演奏シーンで思わず首をひねった。

ジャズの録音では、しばしば、ピアノが右側に定位する。むしろ、ピアノ右という音像配置の方が多い。このことには、常々、違和感を抱いてきた。実際にステージ上で、ピアノが右に配置されれば、ピアニストは他のメンバーに全く背を向けることになってしまう。これではメンバー同志のアイコンタクトがまったくできない。グランドピアノという楽器の形と大きさから云っても、ステージ配置としては不合理だ。

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ところが、映画のシーンではものの見事にそういう配置で演奏している。

これを観て、やっぱり、実際にジャズではこういう配置だったのかと、改めて驚いた。以前から想像していたのは…ジャズ発祥の時代、サロンではアップライトピアノだった。アップライトは壁に押し付けて置いてあるから、ピアニストというのはすべからく、聴き手や他のメンバーに背を向けて演奏する。配置も右にあっても不自然ではない…ということ。そういう歴史と伝統があってこその、ジャズ録音のステレオ感覚が生まれたのだろう。ちなみに、ピアノの音も、クラシックは演奏者と対向する左高音・右低音だが、ジャズ録音ではほとんどが演奏者と同じ向きの右高音・左低音で収録される(実際は左右chの入れ替えミックス)。

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映画では、ドン・シャーリーの愛用でありご指定のピアノはスタインウェイで、おざなりのボロ・ピアノが用意されていることにヴァレロンガが激怒するというシーンがある。チェロとコントラバスを従え、それほどにまでクラシック正統に近かったドン・シャーリーでさえ、右ピアノで演奏したということ。それが黒人音楽であるジャズの、凜としたたたずまいということなのかもしれない。
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