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2019年04月28日17:43

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美を探求するフーガ 河村尚子のベートーヴェン

河村尚子のベートーヴェン:ピアノ・ソナタ・プロジェクトの第3回。いよいよ、孤高のベートーヴェン後期作品への扉が開いた。

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ベートーヴェンは、常に新しいものを目指して実験的な作品を世に問い続けた。新しい音楽の形やあり方を追求し、新たな可能性に挑戦を続けた人。その結果として後期の孤高の世界がある。その最初の高みが、「ハンマークラヴィーア」。それを演奏するのはエベレスト登山のようにも例えられるし、その世界は深い精神性と難解なまでの思索や哲学的な瞑想の境地のようにも言われる。

確かに、ベートーヴェンは、それまでの宮廷や宗教式典の音楽とは違って、もっと個人的な精神を音楽表現の中に求めるという新たな試みを深化させようとした。でも、それは多くの市民にとって難解で高踏、晦渋なものをあえて作り上げようとしたのだろうか。

第一曲は、「告別」。作曲者自ら表題をつけた唯一のソナタ。第一楽章の冒頭の3つの音がとても印象的で、この3音の音符にドイツ語で“Le-be-Wohl!”と告別の言葉が振り付けてある。河村は、この冒頭を今までになくゆっくりと別離の哀惜をかみしめるように弾く。第二楽章は、「不在」の喪失感を嘆くような音楽。そして第三楽章は、「再会」の喜びに満ちあふれて、一躍、躍動する。河村は、インテンポの常識を覆すように、気持ちの一区切り毎にテンポを変化させ揺らす。個人的な感情表現の叙情という新たな音楽世界の創出が見事に再現された。

第二曲は、「不滅の恋人」への手紙が書かれ「寡作」の時代の作品。二楽章構成で、シンプルな構成は、後期三大ソナタを先取りしたような自由度の高い形式で、そのなかに人間主義や理想主義の冒険的な高揚が込められている。河村は、そういうベートーヴェンが開けたロマン派への扉をなおいっそうの開放感をもって開け放ち、革命歌を口ずさみながら広場を行進するかのように一気に突き進む。

休憩をはさんで、後半は、巨大な「ハンマークラヴィーア」。

弦楽四重奏曲の「大フーガ」とともに、後期にベートーヴェンがこだわり抜いたフーガは、ごつごつとして岩のように堅くて難しいと感じていた。だけれども、ベートーヴェンはわざわざ人の理解や共感を拒むようにことさらに音楽を難しくしようとしたのだろうか。そうではない!ということを、これほどに雄弁に反撃した演奏は初めて。河村は、「告別」とは真逆で、第一楽章冒頭を速いテンポで弾き出す。形式と論理性の壮大雄大さではなく、実に流麗で美しい変化と調和のパノラマ。ここでも河村は、冒頭の速さをいぶかり、先行きを危ぶむこちらを軽くいなすように、自在にテンポを切り替えながらアルプスの曲がりくねった街道を縫うように走行していく。第二楽章も、《深い思索と精神性》というようなステレオタイプにこだわらず、とても美しい。そういうベートーヴェン演奏の再構築は、フーガで最終結末を迎える。人を寄せ付けない難物でもなく、ごつごつとした堅さもない。このフーガは、あくまでも美の探求なのだというのが河村のベートーヴェンの決着なのだろう。美を追い求め続けるフーガ。

河村は、第1回での「悲愴」冒頭の和音のfpで楽譜の忠実な表現を求めたし、第2回の「熱情」では、技法や機能性の革新を追い求めた。そしてこの第3回では、ベートーヴェンの感情表現の極地を追い求めているように思う。その現れが、休止や休符の扱い方。楽譜への忠実性とは真反対で、とても自在で自由。ふっと息をとめるような、ためを作るような一瞬の沈黙が見事である一方で、明確な休符音符があるにもかかわらず、まるでその休符の頭越しにスラーがかかっているような息づかいでの不思議なほどの不連続もある。それが見事なまでに感情と連動する。

この日の河村が弾いたピアノは、ベーゼンドルファー280VC。

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このベーゼンドルファー最新のモデルは、もちろん低域の響きに深みがあることは定評通りだが、高域の音色が、ことさらに燦めくスタインウェイとは違って、帯域のキャラクターの変移に気品と良識があって滑らか。「ハンマークラヴィーア」には、「熱情」とともにベートーヴェンがソナタで使った最高音cis4が何度か現れていて、そういう音の探求の過程でこの楽器にたどり着いたのだろうか。リリースされた待望のベートーヴェン・ソナタ集・第一集のCDでは、すでのこのモデル280を弾いている。

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アンコールは、シンプルに「告別」ソナタの終楽章を再び弾いた。再奏というアンコールは河村にしては珍しいが、それも彼女の深謀なのだろう。聴衆は、河村の「再会」の呼びかけに心地よく酔った。


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河村尚子 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ・プロジェクト Vol.3(全4回)
2019年4月25日(木) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階14列13番)

ベートーヴェン
ピアノ・ソナタ 第26番変ホ長調 op.81a《告別》
ピアノ・ソナタ 第27番ホ短調 op.90

ピアノ・ソナタ 第29番変ロ長調 op.106《ハンマークラヴィーア》

(アンコール)
ピアノ・ソナタ《告別》より第三楽章
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