安倍・プーチンの間で何が話し合われているのか?
安倍政権は、北方領土問題の解決と日露平和条約締結に躍起になっている。安倍とプーチン両首脳によるトップ会談はすでに二十数回となり、各国首脳との対話数に対して突出している。「領土交渉進展なし」の一方で進む「北方4島における共同経済活動」。安倍にはいったいどのような目算があるというのだろう?
それを嗅ぎ取るヒントが本書にある。
外務省など政府は、あたかも「四島一括」の基本姿勢を貫いているかのように装うが、実は、それはまったく違う。
著者は、ロシアスクールの外務官僚として一貫して対ソ・対露外交の本流を歩んできた。その回想録としての本著には、多くの国民が知らない北方領土交渉の実態があきらかにされている。そして、そこには「四島一括返還」の陰も形もない。
著者が、日露交渉の大きな転回点として位置づけるのが「川奈提案」。
98年4月、橋本政権下で行われたエリツィンとの首脳会談に向けて日本側から提示された「提案」のこと。それはどのような内容で、それはその後どのような経緯をたどったのだろうか。
日露交渉には、政治家や官僚エリートたち親子二代の確執が複雑に絡んでいる。
著者は、73年に訪ソし四島問題が両国の「未解決の諸問題」であることを、ブレジネフに認めさせた田中角栄の手法が強引に過ぎたと批判的だった。そしてその娘・真紀子によって外務省を追われている。
著者は、終戦を主導した外相を祖父に持ち、父も駐米大使を務めたという外交官エリート。ロシアスクールの外務官僚として、冷戦終結後の北方領土交渉と平和条約締結交渉の基本原則の転換を主導してきた。それは、「政経不可分」「四島一括返還」という大原則から、「均衡拡大」という経済交流優先策への転換だった。日露関係正常化による実利を先に与えてしまうという、言ってみれば「毒まんじゅう」のようなもの。
著者が『島が一番近づいた日』と評価する森喜朗とプーチンによるイルクーツク会談。石川県の町長だった父のシベリアとの友好交流の遺志を継ぐという美談に酔う森を盛り立てたのが著者だった。そして、それは直後の小泉政権成立と田中外務大臣によってメチャクチャにされてしまったというわけだ。
イルクーツク会談への道を築いたのが、実は、安倍現首相の父親である晋太郎だった。森政権に先立つ小渕政権時代に自民党幹事長だった晋太郎は自民党訪ソ団を率いて訪ソし、ゴルバチョフに経済関係や人的交流を積極的に推進するという「8項目提案」を提示する。これをまとめ上げたのが著者その人であり、父の秘書としてこの訪ソ団に同行していた安倍晋三だ。今の安倍が、そういう父の遺志を継ごうとしていることは想像に難くない。そして、その交渉の基本は、経済優先・二島先行の「毒まんじゅう」なのだ。
すべては、著者の唱えた『拡大均衡』と『川奈提案』の延長にある。この路線は、一時は潰えてプーチンの顰蹙を買ったが、今それを躍起になって復活させているのが今の政権だという想像はあながち外れていないと思う。
確かに戦後も70年以上の歳月が過ぎ、ソ連・ロシアの実効支配が続き、さらには、冷戦終結により東西対決構造は消滅した。さらには米国の一極支配もつかの間、グローバル経済が進展して東アジアの中でもユーラシア東部の資源・経済開発が課題として残される中で、旧来の「基本原則」に固執し続けることが両国の国益や東アジアの安定発展にとって良いこととは思えない。
しかし、「四島」の主権帰属問題は、日本にとっては踏みにじられた「正義」「道議」の復権がかかっている。当時有効だった不可侵条約を一方的に反故にして、敗色が決定的だった日本を急襲蹂躙し、軍民問わず無防備だった多くの日本人の命が失われた。さらには50万人が極寒のシベリアに抑留され、強制労働の末に34万人が命を落としている。ソ連の不法行為を認めさせその無念を晴らすことこそが、平和条約締結にこめられた日本人にとっての切実な感情なのではないか。四島の主権の回復はそういう「正義」の復権と同義なのだと言ってよい。
安倍政権が目指しているものはどうやら著者の言う「拡大均衡」と「川奈提案」に沿った、言ってみれば「2島+α」のようなもののようだ。しかし、正義を経済で売り渡すようなことがあってはならないと思う。
北方領土交渉秘録―失われた五度の機会 (東郷和彦 著)
新潮文庫
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