新進演奏家の魅力を紹介する紀尾井ホールの「明日への扉」シリーズ。
“新進演奏家”といっても、ここに登場する若手はちょっと新人ばなれした気鋭の演奏家だったりすでに話題沸騰中の新人だったりします。おそらくは予定が組まれてから、実際のコンサートの日になるまでに、あれよあれよという間に華々しい活躍が始まってしまうからなのでしょう。
この日の若手ヴァイオリニスト・フランシスコ・フラナに驚かされたのは、その使用楽器。近年のヴァイオリンの名器は、演奏家自身が個人で所有するというよりは、財団などが所有する楽器を貸与するというシステムが主流になってきました。
著名な音楽コンクールでは、優勝者や上位入賞者にはその特典としてリサイタルツアーなどのスポンサーシップがついたり、あるいはヴァイオリニストにはそういう財団から名器が(期間限定ですが)貸与されることもあります。
フラナは、2015年宗次エンジェルヴァイオリンコンクールで第一位になった副賞として、ストラディヴァリウス「レインヴィル」(1697年製)が2年間貸与されました。現在は、その貸与期間が過ぎ、その後、シカゴ・ストラディヴァリウス協会より貸与された、かつてクライスラーの手元にあったグァルネリ・デル・ジェス「メアリー・ポートマン」(1735年製)を使用中。
クライスラーは、1730年製「エクス・クライスラー」を使用し、とくにグァルネリ・デル・ジェスを愛したヴァイオリニストとして有名で、多数のデル・ジュスを所有していました。「レインヴィル」もそうした名器のひとつと言うわけです。こうした名器は、美術品のような骨董的価値を持つことから、ある意味で資産保持の手段ともなり所有は富裕な資産家や財団のものとなっていますが、それらは演奏家に貸与されかえって死蔵されることなく私たちの耳に触れることが多くなりました。新進演奏家のリサイタルは、実は、こうした名器の音色を実際に聴けるという絶好の機会にもなっているのです。
さて、肝心の演奏なのですが、前半は少し硬くなっていたのかあまり芳しくない。
というのも、呼吸が伝わってこない。正直なところバッハの大曲も愛らしいモーツァルトもステージに直立してヴァイオリンを掲げて弓を上下するだけ。目で見ていてもどこで呼吸をしているのかもわかりません。音楽の演奏は、息づかいだと、呼吸法を教える指導者もいるほど。ピアノとのアンサンブルも息を合わせるということが欠けているので、どこかかみ合わないような気さえします。その結果、音楽が単調に感じさせてしまうのです。
音楽というのは生き物。それはある種の気の同調や情感のシンパシーがあって初めて感動が生まれるとさえ言えるのだと思います。スポーツでも、人馬一体とか言いますし、レガッタのエイトなども単にオールがそろうというだけではなく究極的には呼吸も心臓の鼓動までもが漕手8人がぴたりと同調することでチームワークに恍惚の瞬間が立ち現れると言います。俗に言う“イキが合う”というのもそういう呼吸とか気のようなこと。それは聴衆も同じで、演奏家の息づかいや、そのリズムが生みだす鼓動に知らずに引き込まれることでこそ感動が生まれます。
お国ものと言えるグラナドスでは、やはり演奏者の思い入れがあるのでしょう、演奏にようやく活気が現れてきました。
そういう息づかいとか、気合い、気迫みたいなものが現れたのは、休憩をはさんでの後半のフランク。この曲は、ヴァイオリンとピアノの対話のような風情があります。主従が交代しヴァイオリンが歌い、ピアノが歌い、交互に裏のサポートに回る。そういう節目、節目で気合いのリレーが続くような楽しみがあります。
ピアニストの小澤がとても素晴らしいピアノを聴かせてくれます。そのタッチの技術や音色の表情の豊かさというのにとどまらず、とても機知に富んだピアノ。フラナは、この曲では出だしを、ピアノに任せます。そして、じっと自分の出番を待つ。そういうことで、それまで埋没していた音楽の呼吸を目覚めさせたかのよう。小澤は、帰国子女のイメージとはちょっとかけ離れた謙虚さと愛嬌を併せもつ愛くるしい小柄な女性。大柄なフラナとではなくともしばしば「凸凹コンビ」と言われてしまうようですが、そういう機転に満ちたピアノを弾く人。そういう対話の面白さ、2プラスの豊かさでステージが明るくなります。
そのことは、次のラベル「ツィガーノ」で攻守交代しても同じです。冒頭に延々と続く無伴奏のジプシー風のラプソディは、やがてピアノに主役を受け渡す。そういう長いストーリーが予約されていることで生まれる呼吸の感覚が、曲全体のストーリーを生んでいます。ようやく楽器の甘く滑らかな音色が、素敵な情感を含んで香り立ち始めました。
アンコールが始まると、何か硬く縮こまっていたものがはじけるように自由になったかのようです。楽器の由来でもあるクライスラーに献呈する意味合いで…との紹介を小澤の通訳させると、自信たっぷりに弾き出したクライスラーを聴くと、なるほどグァルネリ・デル・ジェスが、クライスラーの好みだったと合点がいきます。ほんとうに甘美で、クリーミーな軽さと滑らかさは、ウィーンの生クリームたっぷりのチョコレート菓子のよう。
楽器の音色を聴く楽しさが際立ったリサイタルでした。
紀尾井 明日への扉20
フランシスコ・フラナ(ヴァイオリン)
2018年11月30日(金) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階 11列7番)
フランシスコ・フラナ(ヴァイオリン)
小澤佳永(ピアノ)
J.S.バッハ:シャコンヌ(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004より)
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第40番 変ロ長調 KV454
グラナドス:ヴァイオリン・ソナタ
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 FWV8
ラヴェル:ツィガーヌ
(アンコール)
クライスラー:「愛の悲しみ」
マスネ:「タイスの瞑想曲」
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