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2017年10月29日00:54

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追悼 遠藤賢司

遠藤賢司の訃報が流れている。

一昨年から胃がんを患い、闘病を続けながら音楽活動を続けていた。新曲のレコーディングも予定されていたが、23日に入院し翌日に様態が急変、25日早朝に都内の病院で亡くなったという。

遠藤賢司のコンサートに行ったのは、もう、かれこれ45年ほど前のことになる。熱烈なファンだった高校の同級生に誘われて、確か、当時は御茶ノ水にあった日仏会館のホールだったと思う。前座とバックバンドにはっぴえんどが出演していた。

実際、最初のアルバムでも、鈴木茂、細野晴臣、松本隆らがバックを務めている。そのアルバムを久しぶりに引っ張り出して聴いてみた。

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「夜汽車のブルース」は、高校生だった私には衝撃だった。他のトラックは一転して「四畳半」の「同棲時代的」な、ささやくようなバラードが多い。独学で譜も読めないという話しだったギターのコードがとても斬新でまるでインドのシタールのようだ。録音も私家版的で素朴で妙に生々しい。

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ジャケットには、新宿西口が写っている。人通りが少なくて殺伐とした感じで意外だが、通気口や通路は今もそのままだ。この頃、西口地下広場ではフォークゲリラの集会が盛り上がり騒然としていた。大学紛争が高校にも及んで学校は荒れた。

そういうフォークの盛り上がり方と遠藤賢司の音楽はちょっと違っていた。そのことは、セカンドアルバム「満足できるかな」でも同じ。さすがに音質はメジャーのポリドールの音になっているが、仲間うちでのスタジオセッション的な雰囲気は、素朴な仕上がりで、やはり四畳半的だ。

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ここから「カレーライス」がヒットした。

「君」は、猫もボクも好きなカレーライスを作っていて「ばかだなばかだなついでに自分も手を切って」、テレビでは「誰かがお腹を切っちゃったって」。

三島由紀夫が自害したのは、私が受験生で予備校に通っていた時だった。予備校の屋上からは、自衛隊の市ヶ谷の建物がよく見えた。

その後、社会人になってからは、私は遠藤賢司のよい聴き手ではなかった。「東京ワッショイ」は覚えているけど、テクノやパンクなどの雑多な感じは好みではなかったし、遠藤賢司も表通りには出て来ないようになった。それでもスタジオミュージシャンとして活躍し、地道にライブは続けていたようで、知る人ぞ知るのカルト的な人気があったようだ。

今年の初めだったか、偶然、BSのフォーク番組で、彼を久しぶりに見た。面立ちはずいぶんと変わったけど、その健在ぶりを認めて懐かしさとうれしさがちょっと甘酸っぱい心の疼きと共に胸にこみ上げた。だから、この訃報は衝撃だった。

黙とう
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