我らがヤクルト・スワローズが、最下位に沈んだ今シーズンも
余すところあと10試合を切った。
そんなシーズン終末、海の向こうから訃報が届いた。
デーブ・ヒルトンが亡くなった。67歳だった。
球団結成以来、スワローズが初優勝したのは、昭和53年だった。
その時の外人助っ人で、日本一の立役者になったのがデーブ・ヒルトンだった。
広岡監督の下、独特のクラウチングスタイル打法で、
チャンスにめっぽう強く、ガッツがあった。
阪急との日本シリーズでは、彼の逆転ホームランで、日本一に輝いた。
翌シーズン終了後、調子を落とした彼と広岡監督が心中する形で退団。
ヒルトンは阪神へ移籍するも、そこでも成績を残せず1年で解雇。
ネット上」ではMLBのマイナーや南米リーグで活躍、
台湾のプロ野球チームの監督なったなどいう情報が流れていた。
記録もさることながら、
そのひたむきなプレーで記憶に残る、ナイスガイだった。
合掌
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