トレヴァー・ピノックといえば、1973年に創設されたイングリッシュ・コンソートの中心的メンバーとしてバロック期の音楽や、ハイドンを始めとする古典音楽のオリジナル奏法の指揮者(通奏低音奏者)というイメージがあります。この日のオーケストラ配置も、左右対向・左低弦型で、コントラバス2台は正面奥壁際で木管の後方というもの。
そのピノックが、フランス近代のフォーレからベートーヴェン、ハイドンと遡るというプログラム。けれどもこうやって聴いてみると、その意外なレパートリーになるほどと思わせるところがあって、聴き終えると今まで気づいていなかったピノックの本質のようなものがわかったような気がしました。
フォーレの組曲は、初めて聴きましたが、バロック組曲様式の典雅な曲。フォーレらしい静謐さと気品のある音楽。そのことがピノックの演奏したいレパートリーとして不思議なほどにフィットします。決して起伏のある変化に富んだ音楽ではないのですが、そのことがピノックの気品そのものだと思えてきたのは次のベートーヴェンを聴いたからなのです。
同じイギリス人のイモジェン・クーパーさんは、実に知的なピアニスト。むしろシューベルトやシューマン、ブラームスなどドイツロマン派の正統をレパートリーとするピアニストというイメージですが、そのアプローチはむしろ激情とか情熱といった主情とは正反対の解析的で心理描写に富んだ音楽性にあると思っています。だからそのベートーヴェンは、フォーレともとてもつながっていて、フランスのエスプリとイギリスのコモンセンスによってきっちりとリボンがけされたベートーヴェン。いかにも第4番のコンチェルトにふさわしいスタイルでした。静穏な均整のとれた構成と主題の展開のなかに、実に美しい叙情と哀感が伏流水のように潜んでいて、それが時折、不意打ちのような機知に富んだ即興と不意打ちのような情感豊かなソロや、美しい高域のきらめきのなかにわき出してきます。
でも、やはり本領と思えたのはハイドン。
ピノックのハイドン像が、オーケストラの隅々にまで行き渡っていて、とても自発性豊かな活気のある演奏です。近藤さんのティンパニの自由闊達なこと。杉木さんのトランペットの音色が漆にちりばめられた金箔細工のように効果的。弦楽器群も自信に満ちていて、ピノックさんはそれをとても楽しんでいる様子。
コンサート後のパーティで、コンミスの玉井さんとお話ししたところ、ピノックさんは特にノンビブラートのピリオド奏法を特に指示もしていないとのこと。団員全員が自然とそういう共通の様式でアンサンブルが自然とできあがるとのこと。それは、紀尾井シンフォニエッタ東京の熟成といってもよいのですが、玉井さんはやはりこの10年ほどの日本の演奏家への技法の浸透のおかげであって、リハーサルでも特に意識せずそういう演奏ができているのだそうです。
クーパーさんは、パーティのスピーチで特に紀尾井ホールのピアノのことを絶賛していました。この後、北米ツアーがあるのだそうですが、そこに持って行きたいほどだと言ってみんなを笑わせました。以前、二回ほどリサイタルを聴いていますが、いずれもピアノのメカの不具合を感じていただけに、やはり会場のピアノのチューニングには苦労されていたのかと思いました。
この日は珍しくアンコールがありました。
ピノックさんは、今回の熊本・大分での地震にとても胸を痛めていました。以前、この紀尾井ホールでの演奏中にシャンデリアが揺れるほどの大きな地震に見舞われたことがあって、今回の地震も自分が連れてきたのではないかと気に病んでおられるほど。
「ロザムンデ」は、あの東日本大震災で、震災後の仙台で癒やしの音楽として盛んに放送された曲なのだそうです。当時、仙台在住だったスタッフがそのことを話したところ、アンコールとして取り上げることになったとか。哀切極まりない美しいシューベルトが、この日の白眉でした。KSTの木管メンバーの皆さんにもブラヴォーです。
フォーレ、ベートーヴェン、ハイドン ―時空を超えるピノックの世界
紀尾井シンフォニエッタ東京 第104回定期演奏会
2016年4月23日(土) 14:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
指揮: トレヴァー・ピノック
ピアノ: イモジェン・クーパー
フォーレ 組曲「マスクとベルガマスク」Op.112
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番ト長調Op.58
ハイドン 交響曲第103番変ホ長調Hob.��-103「太鼓連打」
(アンコール)
シューベルト:「キプロスの女王ロザムンデ】第3幕間奏曲
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