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2016年02月22日22:24

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湯布院の宿とヴィンテージオーディオ


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妻と久しぶりの湯布院。同期の同窓会を入社時に過ごした大分でやることになって、センチメンタルジャーニーに誘ったら案外素直に乗ってきた。

40年前といえばオーディオ全盛の頃。

街にはちょっとした喫茶店でもそれなりのオーディオセットがあって、店のマスターはコーヒーを煎れるかたわらに選び出したディスクをそっとターンテーブルに載せるとそっとアームを落としたりしていた。そういう風景が昭和50年頃にはあたりまえだった。

湯布院にも時々ドライブがてらやってきて、日曜日の午後中、ここの喫茶室でゆっくりとコーヒーをすすっていた。タンノイを聴いたのはその時が初めてだった。アンプはラックスの管球アンプSQ38だったと思う。「大公トリオ」のたっぷりとしたチェロの色艶に聴き惚れた想い出がある。

静かな山間の里といった風情はいまではすっかり様変わり。春節入りの週末ということもあって街の通りはアジアからのインバウンドであふれかえっていた。日本人であることが肩身が狭いほどで、もちろん大分弁のなまりなど聞くことは出来ない。土産物屋とイージーな飲食店がずっと軒を並べていて、特に人気なのは揚げ物の類で長い行列が出来ていた。

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それでも私たち夫婦の想い出の宿は、そうした喧噪からは隔てられていていまも閑静な林のなかにたたずんでいる。
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談話室に置いてあったタンノイは、あのタンノイの片割れなのだろうか。記憶は定かではない。卓上蓄音機はあくまでも飾りのようなものだけど、この1本だけのタンノイからはモーツァルトのソナタがとてもいい音で鳴っていた。
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セルフサービスでダージリンを煎れてソファに腰かけ、暖炉の柔らかい火に心をなごませて聴き入る。…ピレシュだろうか。
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想い出の喫茶室は、かつての建物とは違っていて、その後、宿を大きくするときに古民家を移設改築したものだそうだが、あの時の雰囲気はある。天井桟敷のような二階席もあの時のままにしつらえられている。
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夜には、ここが宿のバーにもなる。

昼の喫茶時間は、ブラウンのスピーカーでずっとグレゴリオ聖歌が流されている。いつの間にかなぜかこのグレゴリオ聖歌がこの喫茶店のキャラクターになっているそうだ。夜のバーにも行きたかったのは、正面のメインシステムをぜひ聴いてみたかったから。
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ジンマティーニをすすりながらくつろぐと、ヴァイタヴォックスから小さな音でベートーヴェンの若い頃のソナタが聞こえてくる。「ギレリスってこんなに綺麗で優しかったの!?」と妻が言う。そう、みんながギレリスのことをそういうふうに誤解している。

CDプレーヤーはソニーのありきたりのものだけれどなんだかとても懐かしいモデル。プリはマッキントッシュC22。やっぱりマッキンは照明を落としたバーによく似合う。

パワーは、ウェスタンエレクトリックのオリジナル。モノが2台並んでいる。
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ていねいにリストアされていてそのままに端正な音を聴かせる。350Bのオリジナルがそのまま刺さっているしトランス類もオリジナルのまま。宿のオーナーのこだわりはいまもそのままなんだと思わずにやり。ひとりで杯を高く掲げで乾杯。傍らでは妻がけげんな顔をしていた。

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翌日は、ローカル線に揺られながら大分へ。その夜は久しぶりに顔を合わせてみんなで深夜までおおいにはしゃいだ。




「古い顔」

♪
子供の頃に 遊んでた
学生時代に つき合った
いろんな友が いたけれど
みんなみんな 今はない
ああ なつかしい 古い顔

♪
夜おそくまで 座り込み
笑って飲んだ ものだった
あの仲良しの 飲み仲間
みんなみんな 今はない
ああ なつかしい 古い顔

♪
恋もしたっけ 素晴らしい
美人だった あのひとは
今じゃ会えない 人の妻
みんなみんな 今はない
ああ なつかしい 古い顔
〜
心を知った 友達は
兄弟よりも なつかしい
おんなじ家に なぜ君は
生まれて来ては くれなんだ 〜

♪
そうすりゃ今でも そばにいて
亡くなった友 去った友
うばわれた友 いろいろな
昔の友を 語ろうに
みんなみんな 今はない
ああ なつかしい 古い顔
ああ なつかしい 古い顔



(チャールス・ラム原詩/西條八十訳詞/松島道也作曲/中田喜直補修)

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