カラヤンを、LPレコードというメディアパッケージの切り口で様々に語る本。カラヤン・ファンにとっては愉しいことこの上ない一冊とも言えるが、手放しではオススメできない。
というのも内容的に決して質が高くないからだ。
わかりやすいところから言えば、誤植の類が多すぎること。誤植というよりもワープロミスとも言うべき転換ミスによる同音異義語の誤用やカット&ペーストの痕跡のような重複など、低レベルのミスが放置されている。編集者の資質の問題だろう。
肝心のジャケット写真も、行き当たりばったりの印象が否めない。手持ちの蒐集からの著者自身の撮影とのことだが海外原盤と国内盤の混淆で、国内盤の帯をつけたままの写真には賛否両論あるだろう。著作権についてはきちんとクリアできているのだろうか。
本文も、リチャード・オズボーンの評伝からの引用を多用していて、伝聞、二次的資料などばかり。カラヤン・ファンの好事家による個人的なエッセイということだろうが、資料的な価値は低いし、その根拠や真偽のほども怪しい。
一例をあげると、イエス・キリスト教会についての誤り。
このジャケット写真について、堂々と「ベルリン・ダーレムにあるイエス・キリスト教会で撮られている」との説明がある。が、指揮のポーズを決めるカラヤンのバックに写っているのは明らかにウィーンのムジークフェライン。
私も、長年、チャイコフスキーの後期交響曲やドボルザークの「新世界」交響曲など一連のジャケットはイエス・キリスト教会で撮られたものと刷り込まれていた。最近、このイエス・キリスト教会を訪ね、このジャケット写真を確認してみて別物だったことに気づいた。《録音会場=撮影場所》という単なる思い込みが修正されなかったのか、あるいはLP発売当時にそういうことが喧伝されていたのだろうか。
いずれにしてもいまだにこうした誤謬が堂々とまかり通っているのは痛い。
本文のほうは、もっとふるっている。
「2008年5月に指揮者の佐渡裕氏が同じイエス・キリスト教会でベルリン・ドイツ交響楽団とチャイコフスキーの交響曲第5番を録音したとき、カラヤンと同じ録音会場で同じ曲目を録音したことに感激したそうである。やはり、佐渡氏も子供の頃に接したカラヤンの演奏とジャケット写真に強い印象を受けていたようで、休憩時間に写真と同じポーズをとって記念撮影したそうだ…」
ウィーンもベルリンもよく知った佐渡裕が、子供の頃はともかく、いまだにこのジャケット写真がイエス・キリスト教会だと信じているとしたら噴飯ものだが、そのポーズをとって記念撮影した写真とやらをぜひに掲載してほしかった。せめて本人に事実確認すべきだったろう。
こうしたことは一義的には著者本人の責任だが編集者の責任も重い。
出版者は、「クラシック・ジャーナル」を発行している出版社。主宰は、一連の程度の低いカラヤン本でひともうけした同誌編集者。こうしたことが、編集や内容の質につながっているのだろう。
「カラヤンとLPレコード」(板倉重雄 著)
アルファベータ
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