mixiユーザー(id:26897873)

2015年05月22日09:22

708 view

アンスネス ベートーヴェン・プロジェクト(第2日)

アンスネスとマーラー・チェンバー・オーケストラ(MCO)によるベートーヴェン・ピアノ協奏曲全曲演奏の二日目です。

実は、土曜日に腰を痛めてしまい、この日の朝はとてもコンサートに行けるような状態ではなかったのです。腰痛は持病のようなもので若い頃から度々苦しめられましたが、久しぶりに寝込んでしまいました。それでも何とか出かけたのは、第一日目の演奏があまりに素晴らしかったことと、妻の猛然たる叱咤激励があったから。杖をつきつつ妻に付き添われるようにして何とか初台にたどり着いた頃にはだいぶ痛みや凝りがほぐれていました。

フォト

第1番は、2作目にあたります。楽想や構成も、堂々たる構えの古典協奏曲で、先に作曲された第1番よりも規模は大きくほぼ第3番と同じ編成となっています。アンスネスは、第1番の宮廷的な優雅さは脱ぎ捨て、さりとて第3番ほどの極端な強弱を取らずにちょうど2曲の中間的な演奏様式をとっているように思えます。

それだけに、より一層、ウィーン古典派のがっちりとした構成美が際立ち、しかもベートーヴェン的な古典の枠組みに収まりきれない野心に満ちた新しい意気込みがはち切れんばかりにあふれています。そのことは冒頭の提示部でとてもよく強調されてます。主題はppで始められますが、本領はもう一度ffでくり返される2回目が本当の主題の姿。最初のppの部分は、伝統的な序奏部の名残りなのではないかということがアンスネスらの演奏で本当によく感じ取れます。もっと単刀直入にというベートーヴェンの意気込みが本当によく伝わってくるのです。

第2楽章は、ピアノと木管群の掛け合いが美しい。モーツァルトが開発したこうしたオーケストラの掛け合いは、弦楽器のロングトーンも絶妙に采配されていてピアノの旋律と粒立ちが見事に浮かび上がります。ここでは、クラリネットが精妙な音色を聴かせてくれました。演奏後クラリネットのヴィンセンテ・アルベローラを真っ先に立たせていましたが、かえってこれで第一日で吉井瑞穂を立たせたのが決して日本の聴衆へのサービスではなかったことがよくわかります。

第3楽章は、その後のベートーヴェンの交響曲のスケルツォや、長大な展開をみせる終楽章などの原点と思わせるような爽快なロンド・ソナタ。ここでもピアノとオーケストラが一体となったテンポ感と胸のすくようなインタープレーが炸裂する合奏協奏曲のような室内楽的な喜悦に満ちています。しかも、大ホールをいっぱいに満たすようなエネルギーで。


ツィクルスの掉尾を飾るのはもちろん「皇帝」。

それまでの4曲を個性的に色分けしてきた演奏の到達点であり、ベートーヴェンが極めた人間主義的な古典様式の集大成。音色は全体的に明るめで透明度が高く、いわゆる巨匠的な重厚壮大な演奏とは違います。冒頭の主和音のトゥッティとピアノのカデンツァ風のアルペジオには壮年期のベートヴェンらしい確信が漲っていて見事。オーケストラとの一体感、色調の鮮やかな対比などを極めてきた「ベートヴェンへの旅」が、この第5番でひとつの完結を迎えたという高揚感がありました。

いっそう印象深かったのは、やはりここでも中間の緩徐楽章。第4番ではいささかひねりを入れたベートーヴェンですが、第5番では再び弱音器をつけた弦楽器群の内向的な響きとピアノの抒情が溶け合います。さらにここでの抒情には祈りのようなものが加わって切実な思いが聴き手に染み渡ってくるのです。

私は、この楽章が映画「英国王のスピーチ」に用いられたときに深い感動とともに若干の違和感を感じましたが、アンスネスの演奏を聴いて再び感動を受けるとともに今回はとても胸に落ちるものがありました。映画では「何で英国にとっての敵であるドイツの音楽をこの場面で…?」という皮相な疑問まで抱いた私ですが、ベートーヴェン自身もこの曲をナポレオン軍侵攻下のウィーンで書いたのですね。怒りや悲しみを含んだような感情が、次第に祈りとして純化されていき平和への希求、人類の共和というような確信に満ちた高まりへと上っていく。そういうベートーヴェンへの共感が込められた演奏だったと思います。

アンコールは、ピアノのソロとオーケストラそれぞれの2回。「ドイツ舞曲」にはクラリネットのお二人が太鼓とトライアングルを叩き、指揮台から下りてそのふたりの横に立ったアンスネスがタンバリンを叩いての和気あいあいの楽しい場面も見せてくれました。

楽員がステージから下がってもなかなか鳴りやまない拍手に、ついに3つ目のアンコール。アンスネスのソロを楽員がステージ袖の楽屋口から顔をのぞかせて熱心に聴き入る姿が印象的でした。この後、アンスネスはアフタートークにも登場するという大サービス。疲れも見せず真摯にインタビューに答えるアンスネスのとても率直な話しぶりにとても好感を持ちます。

ベートーヴェンという音楽は、子供の頃からずっと触れてきたが、人生を通じて決していつも同じような重みがあったわけではない、との話しにも共感しました。ピアノを習ったわけではない聴くだけの愛好家にすぎない私にとっても、子供の頃に聴いたベートヴェンは親しみやすいものもありましたが激昂するような音楽はなじめなかったし、青年期にあれほど夢中になったのに成人する頃からぱったり聴かなくなりました。それが歳をとった今になってベートーヴェンの精神性、内向的な部分をしみじみと感じるようになって、また盛んに聴くようになりました。

彼らのベートーヴェンへの旅路の終着点という記念すべきコンサートに立ち会えてとても幸せでした。




フォト

レイフ・オヴェ・アンスネス(指揮・ピアノ)
マーラー・チェンバー・オーケストラ

2015年5月17日(日) 14:00
東京・初台 東京オペラシティ コンサートホール

ベートーヴェン:
・ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 OP.15
・ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調《皇帝》 OP.73

(アンコール)
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第18番 OP.31−3より第3楽章
・ベートーヴェン:12のドイツ舞曲 Wo08より第10曲、第11曲
・ベートーヴェン:バガテル OP.126−3
16 1

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する