日本製鉄音楽賞は、数えてもう34回目になります。1990年に紀尾井ホールのこけら落としとともに発足。新日本製鐵鐵(当時−現・日本製鉄)の創立20周年の記念事業の一環。最初のフレッシュアーティスト受賞者は、諏訪内晶子さんでした。
フレッシュアーティスト賞とともに、当時からあった特別賞。こちらは永年にわたって活躍した音楽家や、プロデューサーやステージマネージャーなど表には出てこない、いわゆる裏方役の方々を顕彰する目的で設置されました。
今年の受賞は、平井満さん。やはり企画・制作を生業とするプロデューサーということになりますが、商業主義に染まらない市民レベルの視点で室内楽など小規模なコンサートの運営に尽力されてきた。いわゆるプロとは違う異色の受賞ということになります。
受賞記念トークで話題になった「鵠沼サロンコンサート」には、あの大震災のあった年に一度だけ足を運んだことがあります。
巨匠ジェラール・プーレさんのリサイタルでした。藤沢市鵠沼海岸のレストランで開かれてきた小さな演奏会。音楽愛好者のグループがボランティアとなって、当時すでに20年以上続けられてきたサロンコンサート。
ちょうど今と同じ梅雨の季節で、お客さんが三々五々に集まるドアは開けっ放しで、開演時間が迫るとクーラーがようやく効いてくる。急な温度変化と高い湿度でブーレさんは相当に演奏に苦労されていたことを覚えています。やはり、こういう場所でのコンサートには知られない苦労が山積しているのです。
この時とても印象的だったのが、このコンサートのためにレストランに置かれていたピアノ。小さなB型のグランドピアノですが、素晴らしい音色。驚いて確かめてみたらニューヨーク・スタインウェイ。
昨年の受賞者・高木裕さんは、ニューヨーク・スタインウェイを日本のコンサートに紹介した功労者ですが、私も、ちょうど同じ年に竹澤恭子さんと川口玲さんのリサイタルで衝撃的なヴィンテージ・スタインウェイの素晴らしさを知ったばかりでした。高木裕さんの著書を矢継ぎ早に読んでいた頃だったところに、こんな小さなレストランでのそのピアノとの出会いに驚きました。レストランオーナーにお聞きしたら、やはり、定期的なメンテナンスは欠かせないとのこと。
平井さんの功績は、地域のコミュニティが支えてきたサロンコンサートの運営代表というにとどまりません。
やはり大きいのは、川崎市鶴見のサルビアホールでの弦楽四重奏コンサートのシリーズや、港南区民文化センター・ひまわりの郷でのコンサートシリーズの運営なのだと思います。
こちらは横浜楽友会という公式な団体を設立しての運営ですが、決して商業主義に染まらず市民目線での運営を貫いておられる。何と言っても、たった100席のサルビアホールの音楽ホールでクァルテット・シリーズを続けられてきたことは特筆に値します。あの素晴らしいアコースティックでこそのクァルテットの楽しみ。だからこそベルチャ四重奏団など内外の超一流クァルテットが来演する。駅前の公立施設の小さな空間が格別の音楽に満たされる。商業主義には絶対に開拓できない貴重な奇跡のようなコンサートシリーズです。
企業メッセの日本製鉄音楽賞としても、大いなる共感を持つはずで、決して見逃さなかったのは天晴れというしかありません。
金川真弓さんの受賞記念コンサートはもちろん素晴らしかった。
第13回受賞者の小菅優さんが友情共演というのも豪華。曲目もバッハのシャコンヌと、ファリャ、プーランクというちょっと尖ったプログラム。
帰国子女、長い海外生活にも関わらずちょっと内気な感じの短いスピーチがちょっと意外です。「私ももう三十歳なので……」という女性にとってのタブーを自ら破ってのひと言は、《フレッシュアーティスト》受賞の戸惑いと晴れやかな気持ちを表したかったのでしょうか、ちょっと会場の忍び笑いを誘っていました。
第34回 日本製鉄音楽賞
フレッシュアーティスト賞
金川真弓 受賞記念コンサート
2024年7月11日(木)
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(2階BR 2列1番)
バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調BWV1004
ファリャ/コハンスキ編曲:スペイン民謡組曲(《7つのスペイン民謡》より)
プーランク:ヴァイオリン・ソナタFP119
(アンコール)
フォーレ:「夢のあとに」
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