先日読み終えた『ロスチャイルドの女たち』という本が面白かった。
その最後に登場するのが、ニカ。
ジャズメンたちを愛し、彼らに愛された男爵夫人。もっとも多くの曲をジャズメンたちから捧げられた女性とも言われます。
「ニカ」:ソニー・クラーク
「ニカズ・ドリーム:」ホレス・シルヴァー
「ニカ・ステップス・アウト」:フレディ・レッド
「ニカズ・テンポ」:ジジ・グライス
「ブルース・フォー・ニカ」ケ:ニー・ドリュー
「パノニカ」:セロニアス・モンク
「パノニカ」(モンクとは同名異曲):デューク・ジョーダン
「セロニカ」:(Thelonica:セロニアスとニカ)
「トニカ」:(Tonica:おそらくTo Nica)トミー・フラナガン
「インカ」:(Inca:もじり)バリー・ハリス
ニカとは、パノニカ(ニカ)・ドゥ・コーニグズウォーター男爵夫人のこと。
奔放で、自由と飛行機とジャズを愛し、ジャズの巨匠チャーリー・パーカーやセロニアス・モンクのパトロンとなり、パーカーはホテルの自室で看取り、心から敬愛したモンクは彼の死まで庇護し続けた。
その生涯は、まさに波瀾万丈。
謎多き女性とも言われていましたが、近年その生涯が次第に明らかとなり、『ロスチャイルドの女たち』でも姉たちとの交流も交えながら、その生涯が描かれています。
由緒あるハンガリー系ユダヤの家に生まれた母親は、ロスチャイルド家の女として、常にオーストリア・ハンガリー帝国の状況に心を砕き、やがてシオニストたちの強力な支援者となる。ロスチャイルド家の気が優しく繊細な気質の父親は精神を病み若くして自死する。ニカは活発な末娘だったが、音楽など芸術的な才能を、学者タイプで芸術を愛したこの父親から引き継いだ。
ニカにジャズを教えたのは、兄のヴィクター。兄妹たちは教育のためにロンドンのロスチャイルド家に預けられた。兄は、ピアノのレッスンをテディ・ウィルソンから受けていて、ニカは近くでそれを聴いていた。彼女はたちまちウィルソンと親しくなり、彼から多くの革新的なミュージシャンのことを教えられた。この兄ヴィクターは、後にイギリス・ロスチャイルド家の当主として、ニカの放埒なニューヨーク暮らしで生ずる負債を肩代わりし続けることになる。
ニカは飛行士の資格も取った。飛行訓練で英仏海峡を超えて、フランスまで飛行し、そこでロスチャイルド家のいとこたちが開いてくれた昼食会で出会った、オーストリア系ユダヤ人貴族の子息と出会い、たちまち恋に落ちた。
ヨーロッパで愛を深め、北アメリカで結婚したふたりは、パナマへ飛び、ロサンジェルスに戻り、それから極東に向かう。中国では飛行機が不時着してヒッチハイクをし、神戸では大人のおもちゃを土産に買った。ロスチャイルド家の歴史では他に類を見ない何ヶ月も続いた世界旅行のハネムーンだった。ふたりは、パリに落ち着き、夜になるとニカはモンマルトルのジャズのにぎわいを楽しんだ。それから数年、ふたりはロンドンとパリを飛行機で往復しながら暮らした。
戦争の勃発により、夫はフランス軍に従軍した。ニカは、ドイツ軍のフランス侵攻にも義母とともにシャトーにとどまった。彼らが海峡を渡る船に乗ったのは、パリが陥落するわずか三日前のこと。ニカと子供たちは、リバプール経由でニューヨークへ渡る。ニカは子供たちを預けると、ふたたびヨーロッパへとって返し、ロンドンで自由フランスに参加し、西アフリカへの物資調達に携わり、ついに現地で夫と再会する。そこでニカは二等兵として自由フランスへの入隊を認めさせる。ナポリでは救急車を運転して兵士の遺体を収容したこともある。ヒトラー政権瓦解後にニカが退役したときは中尉にまで昇進していた。
しかし、戦争とその終結は夫婦の絆を歪めてしまう。母親や家族の多くをナチの収容所で失った夫は心に深い傷を負う。戦争は人格を変えてしまい、残忍な司令官となった彼は、連隊全員の前で反抗的な兵士を部下に殴打させたこともあったという。やがて外交官となった夫との家庭生活はニカには苦痛の毎日となった。
夫の赴任地メキシコシティの友人の家で、初めてデューク・エリントンの「ブラック・ブラウン・アンド・ベージュ」を聴いたとき、日々「外交官の暮らしのくだらなさにうんざり」していた反動が襲う。「この音楽のあるところこそ私の居場所だと告げられた」と、ひとりニューヨークへ向かう。
ニューヨークでは、かつての兄のピアノの師であるテディ・ウィルソンが手引きをしてくれた。ウィルソンは、セロニアス・モンクというピアニストのレコードをぜひとも聴くようにと言った。「ラウンド・ミッドナイト」だった。後に彼女は、マックス・ゴードンにこう言っている――「初めてセロニアス・モンクの弾く『ラウンド・ミッドナイト』を聴いたときわたしは泣いたのよ」と。
1953年、40歳になったニカは、パリにいた。その年のパリ・ジャズ・フェスティバルの出演者リストにセロニアス・モンクの名前が土壇場で加えられ、サル・プレイエルで演奏することが決まったからだ。モンクの演奏に対する批評家の反応はただただ「困惑」だった。「彼は一本の指で叩き、残りの手の部分をぎこちなく広げる。…両足はフロアの上で身悶えするようによじれる。右足はペダルを蹴り、掠め、踏みそこねる。…たいていフロアを踏んでいる」「モンクは評価できない。」
しかし、ニカの意見は違った。彼女はその演奏に畏怖を覚えたという。楽屋でモンクに引き合わされると、ふたりはたちまち意気投合した。モンクがパリを離れるとき、ニカはニューヨークに行くことを心に決めた。その年のうちに彼女はヨーロッパを後にして、その後二度と戻ることはなかったという。
これが、ジャズメンたちを愛し、彼らに愛されたニカの始まりとなったのです。
ロスチャイルドの女たち
ナタリー・リヴィングストン (著), 古屋 美登里 (翻訳)
亜紀書房
2023年11月4日 初版
THE WOMEN OF ROTHSCHILD by Ntalie Livingstone
The Untold Story of the World's Most Famous Dynasty
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