mixiユーザー(id:26897873)

2019年02月21日13:29

276 view

羽毛の懐に抱くもの ―― アリーナ・イブラギモヴァ&セドリック・ティベルギアン デュオ・リサイタル

イブラギモヴァといえば、震災の年に所沢で聴いたバッハの無伴奏が忘れられません。会場は針を落とせば聞こえるかという極限までに静まりかえり、その漆黒の静寂の闇のなかで、まるで真っ白な羽毛が宙に浮遊し舞うかのように美しい音楽でした。

彼女たちのリサイタルは、どちらかと言えば、一人の作曲家に集中したプログラム。バッハもそうでしたし、今回のツアーではブラームス・ツィクルスも組まれています。でも、この日は、むしろ、時代と様式も広げた多様な作曲家とその作品を取り上げています。バラエティに富んでいて、それがある種のくつろぎを与えてもくれます。

最初のベートーヴェンは、ウィグモア・ホールのライブCDのように突き詰めたものではなく、ヴィヴラートをかけた豊かな音色で緩やかで平穏なロマンを感じさせる新境地のベートーヴェン。

所沢のバッハで感じたのは、その運弓の絶妙なコントロールがもたらす多彩で繊細なテクスチュアの宇宙のような技巧の凄味でした。それは、これまでにはない才能であって、ヴァイオリニストの系譜に新たなものを付け加えるものと感じさえしたのですが、このベートーヴェンもそういう触覚的な質感や静謐で極度に微細な音色の美しさは巧に活かされています。

二曲目のヤナーチェクでは、そういうイブラギモヴァの本来の持ち味と1曲目のベートーヴェンで宣言した新しい境地が、いっそうの深みを感じさせるものでした。

ヤナーチェクと言えば弦楽四重奏などでも、どちらかと言えば激しい攻撃的な演奏や民俗色を露わにする演奏を期待してしまうのですが、イブラギモヴァの演奏は、ずっと品格のある格調の高いロマンスに満ちた音楽。ティベルギアンのピアノはクリスプで、カットグラスかあるいは教会のステンドグラスのような輪郭と色彩が交錯する面白さがあって、ヤナーチェクの美学に新しい発見のようなものをもたらしてくれます。

そして、第3楽章から顕著になる、ガガガッというように突然、弦を擦るような激しい音。それが激しいというよりは、心の不穏なざわめきのような、あるいは、不吉な風が揺らす梢の音のような、ずっと人間的で自然な音です。そういう擦弦音の断片が遠のくように終楽章も終結していきます。そこには熱烈ですが静謐で沈潜した思いが残りました。

休憩後の最初は、ケージの作品。

もともとは武満の作品とアナウンスされていましたが、それを変更してのケージ。「6つのメロディ」と題していますが、メロディとは呼びがたいほど無表情で簡素な断片が、小さなアート作品の羅列のように示される連作。でも、そこには瞬間瞬間に感じさせる、やはり触感と閃きの感覚があります。ケージは確かに武満に大きな影響を与えた作曲家ですが、決して極端に抽象的で観念的なものの啓示だけではなく、こういう綺麗で実在的なアートもあったのかという小さな発見です。イブラギモヴァは、ノン・ビブラート奏法の古楽的アプローチも極めていますが、そういう運弓技巧は、決して、時代様式的な固定観念ではなくて、こんなケージにもとても相性が良いのだということに感心してしまいます。

終曲は、待望のシューマン。

シューマンは、第一にピアノの作曲家であって、ヴァイオリンのための楽曲は決して多くはありません。それなのにそのヴァイオリン作品を不思議とヴァイオリニストは弾きたがる。その魅力は何なんだろうという問いかけに見事に答えてくれるような演奏でした。

何よりも冒頭の激しい重音の響き。それはベートーヴェンから、ヤナーチェク、ケージへと巧に準備し伏線を引いてクレッシェンドしてきた熱烈な火傷のような【触感】の炸裂です。

これを聴いただけで一気にシューマンの世界に引き込まれてしまいました。ヴァイオリンだけに息の長い旋律線を引いていきますが、シューマン独特の互い違うように並行して先を争うようにティベルギアンのピアノと競い合っていきます。そういうやむにやまれぬ衝動で何かに向かっていくロマンスの世界に心が突き動かされます。なるほど、一方のプログラムではブラームスなんだと、何だか双曲の絵のひとつを見損なった迂闊ささえ感じてしまいました。

ふたりが、この日の謎解きを終えた出題者のようににんまりして弾いたアンコールが、やはり、シューマンでした。








アリーナ・イブラギモヴァ&セドリック・ティベルギアン
  ヴァイオリン&ピアノ デュオ・リサイタル
土曜ソワレシリーズ《女神(ミューズ)との出逢い》
2019年2月16日(土) 17:00
横浜市青葉台 フィリアホール 横浜市青葉区民文化センター
(1階12列11番)

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第3番 変ホ長調 op.12-3
ヤナーチェク:ヴァイオリン・ソナタ

ジョン・ケージ:ヴァイオリンとピアノのための6つのメロディ
シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調 op.121

(アンコール)
シューマン/夕べの歌
11 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する