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2018年10月28日10:52

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サラ・チャン ヴァイオリン・リサイタル

サラ・チャンは、韓国系アメリカ人で、かつて神童といわれてもてはやされていました。ちょうど私がアメリカにいた頃のことだったのでその名前は脳裏に強く刻み込まれていたようで、気になるヴァイオリニストでした。

神童というのは、悪く言えば《見世物》のようなところがあって、どこかあざとい印象を残しますが、そのかつての神童はほんとうに良い意味で熟女となってよい音楽を聴かせてくれてとても満足しました。

プログラムは、リサイタルとしてはとても斬新でしかもシンプル。

ヴィヴァルディとピアソラのふたつの「四季」を前半・後半に並べたもの。

半年ほど前にチケットを求めたときのポスターには、伴奏のことはひと言も書いてありませんでした。いったいどのような形でこのふたつの「四季」を演奏するのか?少々不思議な気分で会場に入ると、渡されたプログラムにはN響メンバーによる弦楽五重奏とのこと。通奏低音も何もない。ピアソラも同じ。これもまた実にシンプルです。

ヴィヴァルディの四つの協奏曲は、ヴァイオリン協奏曲といっても古典派以降の協奏曲ではありません。むしろコンチェルト・グロッソ(合奏協奏曲)に近い。コンチェルト・グロッソはコレッリが多くの作品を残しましたが、ヴィヴァルディはその形式や編成に独自の進化改良を加えています。

ソロは決してひとりの花形ソリストが演じるわけではなく、コンチェルティーノと呼ばれる複数のソリストたちと、リピエーノ(トゥッティ)と呼ばれる弦楽アンサンブルに分けられ、双方が掛け合うように音楽を構成していくのです。ヴィヴァルディやバッハのヴァイオリン協奏曲では、弦楽アンサンブルの主席奏者がしばしばソロとしてコンチェルティーノの役割を演じます。第一ヴァイオリンにもソロが指定されますが、さらに中心となるソリストが加えられているというのが「四季」での編成になっています。

複数の奏者のアンサンブルというのではなくて、さらにシンプルな弦楽五重奏に置き換えられることで、逆に、そういうヴィヴァルディの創意がより明確に、そして、スリリングなまでに浮き上がってくることはとても意外でした。ヴィヴァルディは、トゥッティの主テーマと、鳥の鳴き声など擬声的な技巧を凝らしたコンチェルティーノをまるでミルフィーユのように交互に重ねていきます。そのコントラストはもともと明確ですが、たったひとりでトゥッティもコンチェルティーノも演じてしまう弦楽五重奏によって、かえってさらに明快になってくるのです。

サラも、そのことに余計な意匠を加えずに忠実なまでに演じていきます。トゥッティで始まる楽章はそのままアンサンブルに加わる。そしてコンチェルティーノの部分では、ともにソロを演ずるヴァイオリンやチェロに向き合いながら技巧の意匠を凝らした個人技の掛け合いを華やかに演奏する。

急−緩−急の三楽章のうち、真ん中の緩徐楽章だけはヴァイオリン・ソロが明確で、サラはトゥッティに加わらず頭の開始も第一ヴァイオリンに任せ、自らは楽器をだらりと下げて自分の出番を待つ。そうしてすぐに嫋々としたソロを展開します。第3曲「秋」の緩徐楽章は、そのソロさえありません。サラは、ここではアンサンブルの中央で楽器を下げてじっと聴き入るだけ。逆にそのことでソリストのあでやかな存在感を示すのです。

弦楽五重奏なので、チェンバロなどの通奏低音の即興的な分散和声はありません。それだけに室内楽的なクリアな旋律線や技巧がくっきりと浮かび上がります。サラは自分ひとりの音色や技巧だけを際立たせることなく、五人のメンバーとじつに豊かで愉悦に満ちた綾織りを描いていきます。サラの音色は本当に艶やかで滑らかで、何よりも音楽のリズムの流れを決して外さない。何ひとつ、激することもひけらかすこともないまま、さらりと音楽全体をリードしていく安定感は見事。まさに熟女の魅力。

こんなにもヴィヴァルディの「四季」に魅了されたのは久しぶりのこと。



後半のピアソラは、情熱的な「四季」。サラも赤いロングドレスに衣装換え。

もともとが自身のバンドネオンを始めとする様々な楽器で構成された五重奏団のために作曲されたもの。それをウクライナの作曲家デシャトニコフが、ギドン・クレーメルの委嘱を受けて弦楽アンサンブル用に編曲しました。このデシャニコフ版は、ピアソラが自らのルーツであるイタリアの作曲家ヴィヴァルディへ捧げたオマージュ的な即興部分や、果ては、北半球の祖地の四季への憧憬のなかで南半球の自らが生きる季節感を、時に情熱的に、時にメランコリックに描き称賛していく…実に魅力的な音楽になっています。

この南半球の「四季」(デシャトニコフ版)には、フェデリコ・グリエルモ率いる新イタリア合奏団による飛びきりの名演ともいうべきCDがあります。

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こちらは3−3−2−2−1(+チェンバロ)という弦五部(+通奏低音)という弦楽オーケストラで、この編成がヴィヴァルディの「四季」でも現代の標準というところ。ストリングスの豊かで精妙な響きが聴きどころ。

一方で、サラとN響メンバーによるアンサンブルは、もっとずっと室内楽的で各奏者の個人技による渡り合いが冴えます。ギドン・クレーメルを引くまでもなく、ピアソラ演奏には欠かせない指板に当てるような打楽器的なピッツィカートや、駒の外側を弾くノイズのような効果音などの特殊奏法の数々も、タンゴの荒々しい情熱を醸し出す。そして、《南半球》の春のけだるいようなな終結。一瞬だけの静寂の後に、会場ははじけ散るように沸き返りました。

熟女にブラヴァ。そして、N響の紳士5人にも同じくらい大きなブラヴィー。



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サラ・チャン ヴァイオリン・リサイタル

2018年10月25日(木) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(2階BR 1列26番)

サラ・チャン
NHK交響楽団メンバーによる弦楽五重奏
森田昌弘(Vn)、三又治彦(Vn)、横溝耕一(Va)、宮坂拡志(Vc)、市川雅典(Cb)

ヴィヴァルディ:「四季」/ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」第1集より

ピアソラ:「ブエノス・アイレスの四季」(デシャトニコフ編曲)

(アンコール)
J.S.バッハ:アリア
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