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2018年03月29日13:37

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驚きの連続  (GRF邸訪問記)

久しぶりにGRFさんのお宅をお訪ねしました。

イタリア旅行土産のワインを1本持参してお訪ねすると、お部屋のジャーマンのDDDユニットはすっかりかたづけられていて、まず、これが最初のびっくり。

ここのところアナログLP再生一途ということで、この日はアナログのみ。鳴らされているのはタンノイのGRF。“GRFのある部屋”ではなくて、“GRFの鳴る部屋”となっているのです。

あえて付け加えれば、GRFさんのタンノイはコーナー型バックロードホーンタイプのキャビネットは国産ですがむしろオリジナルよりもしっかりした作りのものだと聞いた記憶があります。タンノイへのこだわりはユニットにあってそこには貴重なモニターゴールドが納められています。これを6336という双3極レギュレータ管を使用した特注の是枝式PPモノアンプ2台で駆動。フォノEQプリアンプは最新のMola Molaというラインアップになります。

カートリッジは、ベンツマイクロの最新フラッグシップLP-S。

GRFさんが以前から使用していたRubbyは、修理に出されたとのこと。かつて使われていた黒檀ボディのLPを針交換に出そうとしたら、代理店から針交換はしていないと断られ針交換と同等で最新のLP-Sを勧められたのだそうです。MC型の針交換というのは言ってみれば新品への交換のようなものですが、日々改良を加え旧型は生産終了させているベンツマイクロはポリシーとして針交換はせずに最新モデルを勧めるということ。なるほどデノンDL-103のようなロングセラーは例外的だし、ダイヤモンド針というのはきちんと針先のメンテをしさえすれば半永久的。寿命はむしろカンチレバーやダンパーやサスペンションの問題ですから、メーカーの言うことは合理的で筋が通っているというわけです。

さて…

GRFさんのお宅にはこれまで何度も伺っていますが、実は、あまりじっくりとアナログを聴いたことがありません。ましてやタンノイのアナログ再生ともなるとまともに相対するのは多分初めてかもしれません。かしこまって拝聴することにしましたが、これが驚きの連続。

はじめにお断りしておくと、《驚き》と言っても《音》に驚いたわけではありません。GRF邸の音はオーディオ的に人を驚かせるようなものではありません。立体感や解像度、低域の押し出しと精度、量感など、さすがというしかないのですが、何か特別なものを聴かせるというオーディオではなくてとてもナチュラルな音色とサウンドバランス。だから人を驚かせるというものではないのです。私は、優れたオーディオ再生というのは決して人を驚かせたり、ギャフンと言わせて溜飲を下げるというようなものではないと思っています。

ということで聴き始めたのですが、最初は米国キャピトルのステレオデモレコード。先ずは最新カートリッジの準備体操とお手並み拝見といったところですが、同時に針圧やアームセッティングの確認です。並のカートリッジからは想像もつかないような伸びやかなワイドレンジで実にクセのないフラットネスと自然な立体感に驚かされます。面白いのはこのデモレコードのナレーションやボーカルは右手からでセンターではありません。ステレオ最初期のマイクセッティングの古さを感じさせて興味津々といったところです。

そこからは、まさに驚きの連続。どれだけ記憶が残っているかと自分でも訝るほどの数々の驚きの連発で、その全てではないかもしれませんが思い出せる限りその驚きを列挙してみますと…

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■ショルティのオケコンの驚き
 ショルティが振ったバルトークといえば、私にとってはシカゴ響というイメージがあって実際のところ団員に東欧出身者が多かったシカゴ響には、ライナーのオケコンという超名演・名盤(RCA)があるし、若き小澤征爾の出世作(米国エンジェル)やCD時代のブーレーズ盤など名盤を挙げればいとまがないほどで何もショルティを引っ張り出すまでも無いこと。ところがそのはるか以前のロンドン響を振ったショルティのすさまじいばかりの泥臭い原理主義的なサウンドにはちょっとぶっ飛びました。録音音質には多少の古さを感じますが、その切れのよさと遠慮容赦のないダイナミクスには本当に驚きます。ショルティはバルトークであってもキレッキレの爆音でロンドン交響楽団のパワーに思わず開いた口が塞がりませんでした。

■プレヴィンの先進性の驚き
 これもまた若々しいプレヴィンが振ったロンドン響やシカゴ響によるプロコフィエフやショスタコーヴィチの交響曲。50年も前のものとは思えぬサウンドというの月並みな表現ですが、ジャズや聴きやすい映画音楽もどきの軽音楽や泰西名曲風の音楽ばかりを手がけていたとプレヴィンをいささか見下していた昔の自分を思い出して冷や汗が出てきます。何と先取的で先鋭なレパートリーでしょうか。プロコフィエフの古典交響曲などロンドン響のサウンドはちょっと重めであまりにシリアスなところは時代を感じさせますが、かえってそのことでプレヴィンの若々しい才覚と音楽への真摯さが伝わってきて驚いてしまいました。

■ウィーン・フィルがこんなにも柔軟かつ従順だったのかという驚き
 ウィーン・フィルといえば、ヨーロッパ音楽の中心にあってその伝統の体現者を自負し、指揮者には台で踊ってもらうという、伝統とはうらはらの保守頑迷ぶりが指揮者にとっては、まさに抵抗勢力。コンサートマスターのライナー・キュッヒルは「良い指揮者とは私たちの音楽を邪魔しない指揮者のこと」と言って憚らなかったとか。ところがところが、聴いてみると決してそんなことはないのです。

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 ●その1 アバード デビュー盤の驚き
  デビュー盤であるベートーヴェン交響曲第7番を聴かせてもらうと、同時代のカラヤンとはまるでテンポも響きも違う。そのサウンドのドライな響きにまず驚きますが、主部に入ってからよく聴くと実に丁寧でディテールまで磨かれしかもアバードの解釈がしっかりと現れていることに気づいて静かな驚きが拡がりました。決して若僧のお手並み拝見といった面従腹背の演奏ではない。若いアバドのウィーン・フィルに好感が持てなかったのは、73年の来日の際にTVで観たとき以来持ち続けた長年の刷り込みだったのですが、それが誤解と気づかされてこれまたぶっ飛びました。
  
 ●その2 イッセル・シュテットのベートーヴェンの驚き
 カラヤンをDGに引っこ抜かれてスターを失ったデッカがベートーヴェン交響曲全集録音で張り合うために引っ張り込んだのがイッセルシュテット。あの当時はその飾り気のない演奏に感心もしましたが、アンチ・カラヤンのキャンペーンに刷り込まれた過度な礼賛にはちょっと引いていました。案の定、人気は廃れ、今ではアンチ・カラヤンと「昔はよかった」式の懐古的称賛でしか語られなくなったイッセル・シュテットです。それはさておき、これを聴かされてみるとウィーン・フィルはちっともウィーン風に弾いていません。フレーズの語尾が整っていて、アウフタクトのアクセントにしっかりしたグルーブ感があるのはは明らかに北ドイツの音楽。ウィーン・フィルの音楽語法の柔軟さと確かさ、イッセル・シュテットに最大限の敬意をもってその格式にしっかりと従っていることに唖然とした思いでした。

■ウィーン・フィルのピッチの高さの驚き
 これら60〜70年代のウィーン・フィルの演奏を聴いていてびっくりしたのは、そのピッチの高さ。ふだんはこの時代の演奏をあまり聴いていないのかもしれませんが、なぜかこの日はピッチが明らかに高いと感じてびっくり。もちろん私はピアノを習ったこともなく絶対音感はありませんが、これはどう聴いてもA=444Hz以上あると感じます。コルグの電子チューナーで測ってもらうと446Hzでした。今のベルリン・フィルは高めと言っても443Hz、日本のオケは現在は442Hz、かつての北米大陸のオーケストラは律儀に440Hzでした。頭のなかではわかっていても、こんなに反応したことは初めてで自分で自分に驚いてしまいました。

■オルフェオDMM盤の音の良さの驚き

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 ●その1 クーベリックの「我が祖国」の驚き
 例によってGRFさんのブラインドテストでいきなり聴かされました。私はふだん偉そうなことばかり言うので、最近はあちこちで「芸能人格付けチェック」よろしくブラインドテストでイジられます。GRFさんの試験はその元祖とも言うべきものですが、もっぱら演奏者当てクイズばかりです。もともとデジタル録音とはいえ素晴らしく自然な空間と音像が展開する「ヴィシェフラド」は、アナログLP再生とは思えないほど。しかも聴けば聴くほど素晴らしい演奏です。私が最高の名演名録音として愛聴しているのはクーベリック/バイエルン放送響のCDですが、それ以上の演奏があったのかと驚きました。ところがタネを明かせばまさにその録音のアナログ盤。最初の2台のハープの音像定位と立体感が若干CDと違っていたので幻惑されましたが見事にだまされました。

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 ●その2 グルベローヴァの自在さへの驚き
 オルフェオにはグルベローヴァの録音が多く残されているようです。これもその一枚ということで聴かせてもらいましたが、声よし、曲よし、録音よしでびっくり。とにかくグルベローヴァの技巧と自在な高音域にすっかり気持ちが翻弄されてしまいます。「ナクソス島のアリアドネ」からの「偉大なる王女さま」のアリアではシュトラウスの目くるめく絢爛な技巧が冴えて、ピアノなど場末の猥雑ささえ感じさせる愉悦には、翻弄されればされるほど幸せ。

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■DGの音の悪さ、リヒテルのピアノの貧相さへの驚き
 何でもかんでも良いというわけではないというのがオーディオの恐ろしさ。最初はDGの録音はこんなもの、それでもフィッシャー=ディスカウはイイよね、などと思いながら聴いていたのですが伴奏ピアノが不味い。嫌な予感がして、たまらずジャケットを見せていただくとやはりリヒテル。さらに不安が的中したのはピアノがヤマハであったこと。これには別の意味で驚いてしまいました。リヒテルが創立したラ・グランジュ・ドゥ・メレ音楽祭のライブ。フランスのトゥール近郊にある農場での音楽祭だそうですが、ライブ録音というのは水ものだと思ってしまいます。

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■封切りフィッシャー=ディスカウの生々しさへの驚き
 その後で聴かせていただいたディスク。トゥールのライブ録音にはなぜかゲーテがひとつも入っていませんが、こちらは対照的にゲーテがずらりと並んでいてパグ太郎さんの紹介で話題になったCD。聴いて驚いたのはそのアナログLPオリジナル。実はGRFさん自身もこれを自分が持っていたことに気づいて初めて包装のセロファンを剥がしたという文字通りの封切り。これが、CDのイメージから想像もつかなかったような新鮮なサウンドで驚いてしまい、その後には何とも言えない虚しさが胸に広がりすっかりしょげてしまいました。
 

だいぶ夜は更けましたが、試しにとこれまで使い込んできた黒檀ボディのLPと比較試聴。するとこちらのほうが聴きやすい。最新のLP-Sのダイナミックレンジの伸びはそのまま優位と感じるのでそのポテンシャルは確かなのですが、黒檀ボディの方に自然な滑らかさや音色の落ち着きがあって一日の長を感じさせます。やはり、LP-Sはこの日のおろしたてということでエージング不足なのだとか。最低でも40時間は必要とのことです。

とはいえこうしてリファレンスを得ると、ちょっと見えてくるところもあって目で訴えたらGRFさんもいろいろ言いながら針圧を微調整。LP-Sは、真鍮フレームと黒檀のハイブリッドボディで自重が重いので調整が全く同じではないとのこと。自重がある分、針圧調整の感覚も違ってくるそうですがやはり微妙に針圧が重かったようです。それでも、エージングのハンディはまだ感じます。この日も、気がついてみれば6時間近く長居をしてしまっていましたが、その間にもエージングが進んだという実感があって、最初の頃に較べると、ずいぶんと音のディテールがほぐれてきたという感覚が確かにありました。

アナログ再生の高度な趣味性とその楽しみというところでしょうか。そういうことが最後の驚きということになりました。驚きの連発でしたがとても楽しい夜でした。

GRFさんは当分アナログ三昧なのだとか。確かにまだまだお宝はざくざく眠っているようでした。
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