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2018年03月21日21:08

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春の開花を待ち焦がれるシューマン (ムン・ジヨン ピアノリサイタル)

若手や新進気鋭の新人の登竜門として、企業メセナの音楽事業としても、リサイタル企画としても独特のポジショニングである、紀尾井ホールの「明日への扉」シリーズ。

このシリーズは、無料公開だった「ニュー・アーティスト・シリーズ」を引き継いだもので、その歴史は1955年に開始されたニッポン放送の公開録音「新日鉄コンサート」(放送開始当時は「富士製鉄コンサート」)にまでさかのぼるということを以前にもご紹介したことがあります。無料公開で、はがきで公募し抽選で無料招待というものでした。ラジオ放送はもとより、なかなか生演奏を聴く機会がなかった当時の人々を大いに魅了しました。しかも外国の有名演奏家を招聘するのではなく、巌本真理弦楽四重奏団や桐朋学園オーケストラと学生指揮者小澤征爾など、日本の新進気鋭の若手に演奏の場を提供してきたことでも歴史的な貢献をしてきたといえます。

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そのシリーズは、必ずしも日本人の若手に限られているわけではありません。この日は、韓国人のムン・ジヨンの登場。都合さえつけば欠かさず聴くようにしている私ですが、久々にこのシリーズに足を運びました。

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この日は、時間に余裕があったので、近くの外堀の土手を散策。毎年、上智大学のキャンパスとグランドの間の土手の桜並木がきれいで東京の桜の名所のひとつですが、冬の間はひっそりとしています。その土手の桜もほんのりと花のつぼみが芽吹いていました。開花を待ちわびる気持ちが盛り上がります。

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さて…

ステージに現れてピアノに向かってしずしずと進むムン・ジヨンは、意外に地味なお顔立ち。ピアノに向かっても、なかなか演奏を始めようとせず、会場が静まるまでじっと集中力を高めているかのように見えます。

その第1曲は、「アラベスク」。そのピアノの音色にはっと小さな驚きを感じ、そして、瞬く間にその音楽に引き込まれてしまいました。

その始まりの一瞬の気持ちはホール全体がふっと静まるような感覚があって、自分だけではなく会場全体が同じような感覚を共有したという確かな感触がありました。間違いなく弾いている楽器はいつものホール備え付けのハンブルク・スタインウェイのはずですが、他の誰が弾いたスタインウェイとも違う音がします。

それは、とても心優しいシューマン。

けっして音は大きくありません。装飾的な果てしないように展開する分散音型は粒立ちよりもむしろみっちりと滑らかなビロードのような柔らかさでスタインウェイというよりもヤマハを思わせるほど。感情の起伏や緩急は穏やかで暖かく何かを包み込むような優しさを感じたのです。こんな心が和らぐシューマンというのは希有な体験…とさえ思いました。

それは幻想曲でも同じ。

アラベスクと同じ時期に作曲された作品で、クララとの結婚を父親のヴィークに猛反対されてありとあらゆる妨害を受け心理的に不安定だった時代に作曲されました。シューマンは短い旋律から、あるいはそれをさらに分断されたその断片的音型が変形されたり引き延ばされたり繰り返されたりと、感情の細かな起伏がずっと埋め尽くすような曲ですが、ムンはまるで果てしない花畑を夢みてそこに遊ぶような暖かさがあります。

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席は久しぶりに1階左手のバルコニー席でした。

紀尾井ホールは両壁の響きが良く、2階バルコニーの庇の下であってもそれが浅いせいか複数次反射が分散してむしろ心地よい響きがします。しかも土間席よりも1段高いので、この席からピアノの鍵盤と両手がよく見えるので、この席はピアノリサイタルでは絶好の席といえます。

毅然とするような強いモチーフの部分では、左手の指を真っ直ぐにして強く弾いてはいるのですが、ロシアのピアニスト達のように低域を壮大に鳴らすことはありません。右手の高域もメタリックな輝きは抑えられて真珠のように丸く白い粒立ち。ポリーニのような正確無比のメカニックな細密画とも違います。だから外部に挑戦するようなヴィルティオーソ的なシューマンではなく何かを希求する、そういう気持ちが湧き上がってくるようなシューマンです。

後半もシューマン。

オール・シューマンというのは、弾き手にとってもなかなかにタフなプログラムです。幻想曲ももともとはソナタとして作曲されたので前後半とひとつずつのソナタを弾くわけでその点でもとてもタフ。しかもムンは当初のプログラムに1曲目の『アラベスク』をつけ加えています。さすがにブゾーニ国際コンクールを制して当初はブゾーニ中心にキャリアを積み重ねてきた技巧的なタフネスさは、優しさの内側にしっかりと隠し持っているのでしょう。

「花の曲」は短めですが5曲からななる連作的な曲。その色とりどりの春めいたブーケをさらりと弾くと、拍手にちょっとだけ会釈するとすぐに次のソナタ第1番に突入します。シューマンというのは、リズムが複雑でシンコペーションやアウフタクト(弱起)だったり、しばしばスラーが小節をまたいだり、分散音型の絨毯と旋律のアクセントがずれたり、しかも、それらを饒舌なまでに際限なく細かく刻み続けるところが、私にはとても手強いと感じることがあります。けれどもムンのピアノは、穏やかに波打つ愛情の吐露がとても暖かで美しい。まるで、開花を待ちわびる乙女のよう。

アンコールの『献呈』は、むしろ、そういう分散音型と歌の旋律が愛らしく展開して、いつものリストによる編曲とは違うのかしら?とふと思ったほど。タッチがとても軽くて柔らかだったから。こういうシューマンなら、きっとアンコールは『トロイメライ』に違いないとの期待は軽く裏切られたのですが、アンコール二曲目でそこにたどり着きました。私の予感は正しかったのです。

終始一貫、にこりともしないムンでしたが、アンコールを弾き終えてようやく表情にほっとしたようなものが浮かびました。そのコンサートドレスは、満開の桜と同じピンク一色であったことに、私もそこでようやく気がついたのです。



ご一緒したパグ太郎さんとは四ッ谷しんみち通りの焼き鳥屋で感想戦でちょっと一杯。話しはもっぱら『シモン・ボッカネグラ』の方に脱線してしまいましたが。



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紀尾井 明日への扉19
ムン・ジヨン(ピアノ)

2018年3月15日(木) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階BL 2列4番)

アラベスク ハ長調 Op.18
幻想曲 ハ長調 Op.17

花の曲 変ニ長調 Op.19
ピアノ・ソナタ 第1番 嬰へ短調 Op.11

(アンコール)
シューマン/リスト:献呈
シューマン:トロイメライ
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