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2017年05月18日18:03

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「演奏史譚1954/1955」(山崎浩太郎著)読了

とにかく面白い。

ここのところ読書から遠ざかっていた私も思わず引き込まれて一気読み。

日本のクラシックの戦後史の原点とかスタートダッシュ、あるいは大きな転換点である時代を47の説話を連ねる絢爛豪華な一大絵巻のように俯瞰する。一話一話が凝縮され密度が高いだけに読みやすい。

そして何より、このたった2年間の間に何と多くの忘れがたい事象が起こっていたのだろうか。そのことに驚かされ、そしてわくわくするような高揚感に包まれる。

トスカニーニの引退、フルトヴェングラーの死といった西洋音楽の精神世界の終焉と、あたかも、前世代の空白を埋める爆発的な生物進化のようにカラヤン、バーンスタイン、マリア・カラス、あるいはグールドなど新しい世代が後継を襲い名乗りを上げていく。

それはまた磁気テープの普及、ステレオ技術の登場という音楽産業の革新と興隆の時代でもあった。カラヤンの初来日時、カラヤンは一部のテイク取り直しを行いNHKを上を下への大騒ぎにさせた。貴重なテープを切り刻むことなど考えもしなかった日本にテープ編集という技法が伝えられた瞬間だったという。

単にクラシック音楽界というに限らず、戦後日本の社会、東西冷戦、社外主義思想と反共、反核運動、それに連動する文化文芸思潮のうねり…などと関連付けながら、この大きな屈折点の時代背景を的確に把握しながらこの豊かな黄金の日々を活写している。

ショスタコーヴィチの音楽がよく知られたのは、歌声運動とともに社会主義の理想への強い共感が戦後日本を覆っていたからだし、オイストラフ来日が実現したのは雪解け機運と鳩山内閣成立とその日ソ友好への政策転換のおかげだった。冷戦構造は、音楽家を文化使節に仕立て上げ東西両陣営の激しい教宣合戦が展開され、音楽コンクールは、音楽産業にとってのスター誕生の場として着目される。

視点の中核にあるのは、吉田秀和、大岡昇平、福田恆存ら新進気鋭の知識人の欧米視察旅行記。どちらかと言えばドイツ正統音楽や古典派の枠にはまっていた吉田が、前衛音楽の洗礼を受けその後の日本の前衛音楽傾倒の流れを作る。同時に、吉田は、アーノンクールらのピリオド楽器による古楽復興も目撃している。

敗戦間もない日本人はアメリカ流の物質文明とは肌が合わずハイフェッツの来日公演の成金趣味に辟易し、渡米した吉田らもホロヴィッツを受け入れない。吉田がセルの真価に気づいたのは、はるか後のこと、セル晩年のことになる。日米の圧倒的な経済格差とともに、左翼思想が根強かった当時の日本には嫌米的な傾向が強かったが、それはウィーンなど敗戦国にも共通したという指摘は興味深い。

章ごとに、関連の音源をジャケット写真つきで紹介しているのも楽しい。当時のプログラムも丹念に検証し、吉田らの記憶違いを指摘しているなど音楽批評の目も確か。吉田がクナッパーツブッシュ/ウィーン・フィルのブルックナーを《眠い》と評し、8蕃を7蕃と取り違えてしまう。同じくフルトヴェングラー/ベルリン・フィルを聴いた朝比奈隆も5蕃を4蕃だったと記憶違いをしている。現代のブルックナー熱愛者や朝比奈崇拝者が読んだら卒倒してしまいそうな話しも紹介している。

海外旅行がまだ厳しく制限されていた時代、そうした若手知識人の海外見聞録はよく読まれ、大きな影響力を持った。フルトヴェングラーや彼の精神主義、教養主義的な西洋正統音楽のイメージが日本に定着したのも、この時に彼らが受けた衝撃が大きかったからだ。

私個人も、54/55に思い入れが強い。私の父の渡米留学がまさにこの年に当たり、幼い私も母に手を引かれアメリカに渡った。父は現地で貴重な外貨をレコード購入につぎ込んでしまうのだが、それを引き継いだ私の所蔵LPレコードの約半分はこの時期の録音・新譜だからだ。

とはいえ、この本の面白さはそういう私だけのものではないだろう。世代を超えて広く日本のクラシック音楽ファンにおすすめしたい。





演奏史譚1954/1955
クラシック音楽の黄金の日々
山崎浩太郎 著
アルファベータブックス


■目次

第一部 一九五四年

第一話   ニューヨークの吉田秀和
第二話   トスカニーニの《仮面舞踏会》
第三話   カラス、カラヤン、そして
第四話   RCAのステレオ録音開始
第五話   メキシコに死す〜クレメンス・クラウス〜
第六話   去りゆくマエストロ〜トスカニーニ最後の演奏会〜
第七話   バルトークの墓〜ニューヨークのアヅマ・カブキ〜
第八話   リリー・クラウスと『戦場のメリークリスマス』
第九話   バックハウス、東へ
第十話   来朝楽人の春、指揮権発動の春
第十一話  『シベリヤ物語』と《森の歌》
第十二話  二曲の交響曲〜ショスタコーヴィチとムラヴィンスキー〜
第十三話  荘厳な熱狂〜パリのフルトヴェングラー〜
第十四話  テルアビブの人々
第十五話  モンテヴェルディ事始
第十六話  ターリヒと「プラハの春」
第十七話  レッグ・ザ・プロデューサー〜ウォルター・レッグとレコードの世紀〜
第十八話  オイストラフ、西へ
第十九話  デッカのステレオ録音開始
第二十話  ロジンスキーとウエストミンスター・レーベル
第二十一話 クレンペラーの帰還
第二十二話 ブルックナー事始
第二十三話 ザルツブルクの小枝
第二十四話 九十四丁目の孤独〜ホロヴィッツ〜
第二十五話 死ぬことを拒否したオーケストラ〜シンフォニー・オブ・ジ・エア〜
第二十六話 ハリウッドより〜ハイフェッツとコルンゴルト〜
第二十七話 バーンスタインとテレビの時代
第二十八話 アメリカの好青年〜クライバーン〜
第二十九話 原爆を許すまじ〜ケンプとゴジラと第五福竜丸〜
第三十話  フルトヴェングラーの死
第三十一話 砂漠〜吉田秀和と別宮貞雄〜

第二部 一九五五年
  
第三十二話 メトの黒人歌手
第三十三話 「神童」〜渡辺茂夫とプリさんグルさん〜
第三十四話 ここに泉あり〜群馬交響楽団の夢〜
第三十五話 大阪にオペラを〜朝比奈隆と武智鉄二〜
第三十六話 嵐の前〜ジョルジュ・シフラ〜
第三十七話 カラヤン、玉座に
第三十八話 ディーヴァの降臨〜ヴィスコンティとカラス〜
第三十九話 オイストラフ来日〜仕掛人、小谷正一〜
第四十話  ショパン・コンクールの人々
第四十一話 銀二ミラノへ行く〜山根銀二とスカラ座のカラス〜
第四十二話 一九五五年のバッハ(一)〜アンスバッハのリヒター〜
第四十三話 一九五五年のバッハ(二)〜グールド登場と若者の世紀〜
第四十四話 一九五五年のバッハ(三)〜プラードの「聖者」カザルス〜
第四十五話 バイロイト・オン・ステレオ
第四十六話 二つのベルリン、一つのウィーン
第四十七話 「バイロイトの第九」発売

エピローグ 一九五六/五七年、王は死せり
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