mixiユーザー(id:26897873)

2017年01月26日13:23

1246 view

美しき超絶技巧 ダニール・トリフォノフ

音楽鑑賞モードにすっかり浸りきっている最近、ちょっと釘付け状態にさせられているのがダニール・トリフォノフ。

フォト

これまで気がつかなかったピアニストだったが、それも無理もないところがあるのです。2010年のショパン・コンクールで第3位。翌年の入賞者ガラ・コンサートで初来日、その秋に紀尾井ホールでリサイタルを開いたときには、チャイコフスキー国際コンクールのグランプリ覇者となっていた。それはあっという間のできごとだったのですから。

欧州ではいまや大変な人気だそうですが、その急成長ぶりになかなか私のほうが追いついていなかったのです。家人が「ヨーロッパで聴きたい」…というので、「けっこう来日しているし紀尾井とか小さめなリサイタルホールで聴いたらいい」と言ったら、「今や超大物扱いよ。サントリーホールでなければ聴けないわよ」とまで言うのでちょっと驚きました。

それでCDを聴いてみようと思ったのです。まだ20歳台半ばでレパートリーもまだ多くないせいかCDは少ない。とりあえずリサイタルのライブ録音などは避けました。チャイコフスキーの協奏曲などもいかにも急ごしらえの印象が否めません。何しろトリフォノフは、ショパン・コンクールに続けて翌年5月にルービンシュタイン国際コンクールに優勝するまではこの曲はまだレパートリーになっていなかったという。課題曲であるこの曲をチャイコフスキー国際コンクールで弾いたのはほとんどぶっつけ本番。その直前に友人たちの学生オーケストラと合わせたのが初めてだったというのです。

というわけで、聴いたのはリストの「超絶技巧」という2枚組アルバムとラフマニノフだけ。そのたったの2組のアルバムにずっと釘付け状態になっているというわけです。

ともに超絶技巧を要する曲だが、実に繊細で美しい。

トリフォノフは、1991年ロシアのニジニ・ノヴゴロド生まれ。英才教育で知られたグネーシン音楽学校で学んだ俊英ですが、なぜかそのままモスクワ音楽院に進まずに渡米してクリーブランド音楽院でセルゲイ・ババヤンに師事している。いわゆるロシアン・ピアニズムの系譜だけれど、強靱さ、豪奢で深みのある重厚な響きというロシア派主流のイメージとは一線を画しているのは、そういう系譜のせいなのでしょうか。

リストは、最近よく聴くようになりました。

その大きなきっかけは、一昨年の欧州旅行。リストの棲家、それはワイマールの最後の家であったり、バイロイトの最後に息をひきとった家であったり、ブタペストのリスト音楽院として残されたアパートであったりするのですが、その質素な暮らしぶりに感銘を受けたからです。派手な技巧というイメージが何となく疎ましかったリストでしたが、教育者として、音楽の啓蒙者として、新たな潮流を支持した楽界の重鎮として、人望の篤かったこの音楽家がようやく理解できたのです。特に、演奏旅行に必ず持ち歩いたという練習用の音の出ない鍵盤を前にして、この偉大な音楽家の真実をようやく知ったという思いでした。

フォト

トリフォノフのリストの超絶技巧は、技巧といっても繊細なピアニシモを基本とした音楽。精妙を極めた微妙な強弱の綾。 色彩が豊かで、表情豊かな響きが軽やかに躍動するのです。そこにはロシアン・ピアニズムのまた別の側面に気づかせてくれるところがあります。有名なパガニーニ大練習曲の「ラ・カンパネッラ」を聴くと、まるで羽毛が舞うかのように軽々と鍵盤上を跳躍する。出だしはむしろゆったりとした指運びで、次第に気分を高めていく。あの壮絶な半音階スケールからのトリルもクレッシェンドからふっと短いディミニエンドでpに移るところは精妙。延々と続く繊細なトリルの下に再びテーマが戻ってきますが、それは天使が舞い降りてくるかのように密やかに柔らかく軽やかで限りなく美しい。超絶技巧練習曲の「マゼッパ」でも、並み居る腕自慢のピアニストでもどこかヒロイックな行進曲と化してしまうところですが、もっと人間の迷いや弱い一面さえも感じさせる複雑な心情が伝わって来ます。決して技巧の披瀝でも、独自の解釈を押しつけるものでもないのに、このアルバムのどこを聴いても、そういう浸透度の高い響きがしてきて、聴いていると自然と背筋が真っ直ぐになってくるような気がします。

技巧が技巧を超絶して、感性の極みにまで達するということを感じさせるのは、ラフマニノフの音楽ではさらに顕著。

フォト

何かの限界を超えるところの緊張とか、達成感のような感動はもちろんですが、それをさらに超越して、そこに甘美でロマンチックな憧憬のようなものを感じさせるのです。香り高いブーケのような芳しさのなかに凜として生きる孤独の美しさのようなものさえ感じさせるラフマニノフ。トリフォノフは、一心不乱に弾くというよりは、時に華美になることを避けそっとオーケストラに間合いを譲るような精妙さと謙虚さがあります。そしてオーケストラのうまいこと、うまいこと。フィラデルフィア管ってこんなにうまかったのかと唖然とするほど。ザルツブルクのウィーン・フィルとのブルックナーではあまり感心しなかったヤニック・ネゼ=セガンですが、この指揮ぶりは見事です。あの有名な第18変奏も、決してハリウッド風の卑俗さが微塵もなく、終結部への起点として沈み込むような情感を描いています。録音もとびきりの優秀録音です。

フォト

音だけを聴いているとなかなか想像がつきませんが、ルックスの良さ、演奏の派手な身振りがその人気を高めているという要素もあるのだそうです。トリフォノフは年末のベルリン・フィル/ジルベスターコンサートに登場し、ラトルとの初共演も果たしています。その映像が、今週のBSプレミアムで放送(プレミアム・シアター 11/29深夜0時〜)されます。前半の五嶋みどりのバッハ無伴奏全曲の撮りおろしとともに見逃せないプログラムです。

14 5

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する