シャープほど、短期間での浮沈の激しかった企業はないだろう。急速にトップ企業へと登り詰め、あっという間に奈落に沈んだ。世界に先駆けて液晶テレビの主力商品化に成功し「世界の亀山」ともてはやされ一躍TVメーカーのトップへ躍進、太陽光発電モジュールで生産量世界一の座についてから、あっという間に生産過剰で経営難に陥り、今年、台湾企業に買収されるまでたったの10年間のできごとだった。
大正時代に早川徳次によって創建されシャープペンシルを発明、震災禍を乗り越え、戦後、家電メーカーとして歴史を築いてきたシャープ。長い間、二番手に甘んじながらも、独創的な開発を旨とする技術志向の会社として堅実経営を貫いてきた。その独創技術のひとつが、激しい電卓戦争を勝ち抜いてきた液晶技術。その液晶を経営の中核と位置づけ液晶テレビに経営資源を集中、「AQUOS」ブランドで業界を先行し一躍スターダムにのし上がる。そこからの転落が激しく、再建をめぐる経営陣の対立・権力闘争からその危機をさらに深め、ついに再起することがなかった。
本書は、その危機的状況のなかでなお経営方針をめぐる対立と人事抗争を繰り広げた経営陣にスポットライトをあて、生々しいまでにその混乱の真相とそこで暗闘を繰り広げた経営者たちの個人像に迫った新聞取材ならではのドキュメンタリー。
シャープは、そもそも創業者・早川徳次とその番頭であった佐伯旭とその繋累たちによる同族会社。その4代目社長である町田勝彦が執念を燃やした液晶テレビの大成功を収め、その液晶事業のスターだった片山幹雄を初の生え抜きとして42歳の若さで社長に指名したところからシャープの暴走と転落が始まる。
片山は、シャープのような会社では珍しい東大出身のエリート。若くして頭角を現し業界でも国際的に名を知られるようになり、まさにスターのような存在だった。初の生え抜きとはいえ、指名した町田には若いからこそ院政を敷きそれまでの同族経営の延長にできると踏んだのだろう。しかし、この若くて才気煥発の人材は周囲の人望を集める一方で、そのエリートぶりに眉をひそめる向きもあって毀誉褒貶するまま、ベテランらの意見に耳を傾けることなく液晶への巨大投資にまい進する。それが大きなつまづきとなり、突然のように解任を宣告される。ここからシャープの終焉まで暗闘が繰り返される。
読んでいて息をもつかせぬ面白さは、こうした経営陣の権力争いにあることは言うまでもない。巻頭の「主要人物紹介」も親切で、本書のスポットライトが「経営者」個人にあることは間違いない。
しかし、とかく経営者の行動や資質の責に帰するジャーナリズムの姿勢は、果たして真実を言い当てているのだろうか。
本書でも「悪い情報」は上げないのはもちろん、良い情報も自らの手元に隠し持つ」という社内体質を指摘する。「各事業部に対してさらなる積み上げを要求すると、『思ったよりも簡単に利益が増えることもあった」という。「シャープには表と裏の2つの数字がある」「責任追及を恐れる事業部が情報を部内に隠し持つ風土」があったからだ。
また、家電業界の持つ宿痾ともいうべき事業部制の問題も垣間見える。
再建を任された7代目の高橋興三は、三代目の辻や町田らに引導を渡し経営刷新をはかり人望を集めるが、傍流である複写機事業の技術者上がりだったために液晶事業のことは皆目理解できなかった。お目付役として派遣された銀行出身の役員らも、経営の全体像を把握するのに時間がかかり有効な手が打てない。直前まで事業部の楽観論を信じ込み、直前になって事態の深刻さに気づくというていたらく。『(決算期になってから)予期しない展開となった。ただ、シャープの経営陣も赤字発覚の直前まで状況は把握できなかったと聞いています』と、銀行トップが正直に吐露している。
こうした事業タテ割りの経営構造に、今日の急速な衰退を招いた日本の家電業界の体質やその経営の難しさが透けて見えてくる。強力なリーダーシップが空回りすればかえって仇になって責任追及を恐れる各組織が情報の隠し事をするのは、状況こそ違うが東芝や三菱自動車の不祥事にも通ずる。皮肉なことだが、本書の取材を支えたのは経営陣も含めて会社や職場への愛着とか組織への忠誠よりも自己愛のほうがまさる「社員」たちの証言なのだ。
本書は、そういう一般社員の心理や組織体質の問題にまで深掘りしてほしいという恨みも残ったが、シャープ崩壊の真相を遠慮容赦なく抉ったドキュメンタリーとして一級のものだと思う。
シャープ崩壊
名門企業を壊したのは誰か
日本経済新聞社=編 日本経済新聞出版社
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